軌跡を描け


うわあ、と志摩は心底嫌そうに悲鳴を上げた。
トイレから戻って来ると、起きていた筈の面々が見事に潰れ、気持ち良さそうに寝息を立てていたからだ。


「坊はともかく、子猫さんまで…」


足元で眠っている燐は今更。

志摩の提案通りに、昼過ぎから始まった呑み会は既に5時間は続いていて、もちろんカーテンを閉めていない窓から見えるのは日の落ちた街頭の光る街。
これはお開きだな、と苦笑して、散乱する缶と袋を集め始めた。

彼らの様に酔えなかったのは、本当に思ったより凹んでいるから。というのは良く分かっている。
燐にああ言ったものの、彼以上に好きになれる人がいるとは到底思えなくて。それでもやっぱり好きな人の前では最後までかっこよく居たいのが男の性というやつで、だからそんな自分が嫌になる。


「あー、もう、こんなん俺のキャラやないわ!」


出口と入口が同じ迷路で、有りもしない二つ目の出口を探しているような気分を振り払う。

集め終わったゴミを一纏めに袋に入れると、色んなものも一緒に縛って、下のゴミ捨て場に出そうと部屋を後にした。


(帰ったら坊と子猫さんに布団被せて、燐はまた寮まで送った方がええやろな)


階段を降りながらこの後を考える。そういえば昨日は弟の方にちょっかいを出したのだっけ。返信は無いままだが。


(それで罪悪感から告って振られとるとか救えないわあ)


これからを考える余裕は無い。
だから立ち止まって過去ばかり見るのだ。


「あー、しょーもな」


幸い、非常階段は人通りが少なく、両手が塞がって拭えない涙を気にする必要は無かった。拭えたとしても、とめどなく溢れる涙にその行為は意味を成さないだろうが。


「あんな下らない事して、なっさけないとこ見せて……」


独り言。
自分に自分が向けた叱咤の羅列。
意味が成立しない主張。

だった。
はず、だった。
それは。


「志摩くん?」


耳が拾ったのは、今の自分で一番会いたくない、今の自分を一番見られたくない相手。
いつもの調子で、志摩は応えた。


「あれえ、何しとんのですか、若先生」

「それはこっちの台詞ですよ…兄さんならともかく泣き顔なんて見たくもないのに」

「わあ理不尽」


場所はゴミ捨て場。
向かい合うは一人を争う二人の男。

ちょっと古めの少年漫画だったら王道展開かもしれないなと思ったが、決闘なんかはこの場合有り得ない展開である。
万が一発展したら次回作に期待するオチだ。

なぜなら、志摩はリングに上がる資格すらないのだし、対した雪男は既に勝者のベルトを手にした様なものなのだから。


「任務、明日までのはずでしたよね?」

「早く終わったんです。それで兄さんに会いたいのに寮に居ないから。…ご存知ですよね」

「電話すればええやないですか」

「あなたのせいで壊しました」

「え」


ちょっとだけ愉快な気持ちになった。だからもう少し、彼が気付かずに腰に巻いている存在は黙っておこう。


「ま、燐なら今寝とるんで。早く引き取って下さい」

「当たり前です」


雪男はそういうと、志摩が来た非常階段に歩く。正面を使わないのには何か訳があるようだが、どうでもいい。
そのかわり、言うべき事があった。


「若先生」

「何ですか」

「携帯壊したって事は、メール見たんですよね?」

「…そうなりますね」

「俺、なんもしてませんよ」


続いていた雪男の歩みが止まった。
志摩は出来る限り意地の悪い笑みを浮かべて続ける。


「ただ暑い言われたから上着脱がせただけです」

「…あの文は?」

「その方が面白いかなって」

「それだけ?」

「それだけです。それ以上は…携帯だけじゃ足りませんわ」

「……では」


雪男が振り返ってきちんと志摩を見た。
10年前から変わらず、同い年には思えないくらい大人びている彼に、負けもしなかったことは悔しかったが情けなくはない。


「どうして、今、それを僕に?」

「振られたからです。だから俺は、退場。好きな奴いるんやって…まー、玉砕?」


少し雪男の顔が曇る。それが腹立たしかった。


「志摩くん」

「はい」

「ありがとうございます」

「は?」

「兄に、ちゃんと言おうと思います。あなたのお陰です。…いくら酷い振られ方しても、ゴミ捨て場で泣くような結果にはならないと思って」


では。

雪男は今度こそ振り返る事無く階段を上がって行ったし、志摩も声をかける事無くその背中を見た。

見えなくなっても、見てやった。
そして、ぶつける。


「ほんま、ムカつくわあ…」


負けるはずが無かったのが、負けた瞬間だった。







数分、そうして、それから、今度は正面のロビーから帰って行く事にした。
もう顔はいつもの志摩だった。


「…起きたんですか」

「元々や」

「元々です」


ロビーで会った、口を揃える幼なじみ。
思わず吹き出してしまった。
勝呂と三輪が笑って志摩を挟み、部屋に戻る道を行く。


「言い出しっぺが呑まんで呑めるか」

「しかも廉造さん分かりやすいし」

「全くや、見てられんかった」

「振られるなんてよーありますのに」

「いつかの平手打ちより全然マシや」

「一回ナイフ持ち出された事もありましたね」

「というか、先生も揃って趣味悪いわ」

「ですねえ」

「あのー…、二人とも、慰めてるんかけなしてるんかはっきりし……って!」


志摩は重要な事に気がついた。


「…あの、どこまで知っとるんですか」

「全部や全部。昔から三人とも分かりやすうて呆れるわ」

「中でも志摩さんは折り紙付きです」

「…ええー…」


若干気をつけたりしていたのは一体何だったのだろうか。
志摩は脱力感に襲われた。もしかしたら、ただ、背中の重荷が降りただけかもしれない。


「ほら、部屋言って呑み直しや、潰れるまで付き合うから」

「ふえー、坊、猫さん……抱き着いてもええ?」

「「却下」」

「無視やっ」

「暑いです」

「猫さん真顔やめ」










軌跡を描け
(描かれなかった未来と描けなかった現在)

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