キスの、その先


※現代パロです捏造注意










待ち合わせ時間のきっちり5分後。見慣れた黒髪を人混みの中に見つけて志摩は小さく手を振った。

辺りを見回していた彼が志摩を見つけるのは時間の問題で、発見するや否や不安げだった顔がパッと明るくなる。それが、いつもの事なのに可愛くてどうしようもなく、思わず抱きしめたくなるが、そんなことをしたら怒られるに決まっているから堪えた。


「また5分遅刻やよ、奥村くん」

「うー…、わりぃ」

「まあ、俺も3分遅れたんやけどな?」

「なんだよ、脅かすな!」

「久々やからつい」


奥村燐は今二人がいる駅から一回ほど乗り換えをした所に住んでいる少年で、少々特殊な出会い方をした友人だった。

背丈と、出会った時に長めの髪をしていたのが手伝って完全に女の子だと思った志摩が燐をナンパしたのだ。
すぐさま否定され、良いパンチを顔面に喰らったのだが、その後意気投合し、なんだかんだと付き合いが続いている。


「そいでテストはどうだったん?弟くんに目茶苦茶扱かれたんやろ?」


目的地はなく、ただ町をブラブラする予定だったので、それに従って歩きだす。


「あー…一応赤点は全部逃れたけど二度と教科書見たくない位には疲れた」

「この前の全教科赤点よりはマシやろ。頑張ったな」


いつもは月に一度位に会うのだが、お互いの学校のテストが重なった事があって二ヶ月程会っていなかった。

高校生というのは意外に忙しい。


「せや、じゃあ今日アイス奢ろか」

「えっ、マジで!?」

「ん、奥村くん頑張ったみたいやし」

「じゃあ3○!今トリプルのキャンペーンやってるんだよ」

「はいはい」


燐のテンションが一気に上がる。

さっきまで思いっきりくたびれた顔をしていたのに。
その前には心底申し訳なさそうな顔をしていたのに。

コロコロと変わる表情に捕われて離れられなくなる感覚を志摩は、燐と出会ってから何度も味わっていた。結局、男だったとはいえ、声をかけた瞬間に、所謂一目惚れというやつをしたらしいのだ。

女好きという称号を欲しいがままにしてきた志摩が。


店は涼しく、しかも空いていたので、カウンターの前を陣取って二人はアイスを眺めていた。


「何にしよーかな…ホッピングは決定として…キャラメルリボンとか美味そうだな」

「奥村くん、笑われてるで」

「へ、あ!?こらガキ笑うなっ」


燐の足元にいた小さな男の子が大量のアイスを前に、はしゃぐ彼を見て笑っていた。

今度は、恥ずかしがってる顔。

頬を赤らめて照れ隠しに怒鳴る。男の子はそれがまた面白いらしく笑っていた。


「んだよ…あ、なあ、お前さ、チョコミントとストロベリーどっちがいい?」

「って、話しかけるんか」

「いーだろ?迷ってるんだから…志摩に聞いたらロクな答え返って来なさそうだし」

「それは聞き捨てならん」


志摩のツッコミを無視して、燐は男の子とすっかり打ち解けていた。母親らしい女性が戸惑っていたので、大丈夫ですよ、と持ち前の笑顔を浮かべて声をかける。

に、しても小さいとはいえ他の男に取られるのは面白くない。
見れば燐は男の子にストロベリーと言われたものの、チョコミントを捨てられずにいた。

真剣に、アイスに悩むような所まで可愛いなんて、病気の様だ。


「志摩、どーしよ」

「奥村くん子供やな」

「うっ…じゃあストロベリーにする、子供じゃねーからな!」


後ろ髪を引かれながらも三種類のアイスを注文し始めた燐の隣で、志摩も自分の分を頼むことにした。


「ピーチソルベと、チョコレートと、それから、チョコミントをこいつのに乗せて貰っていいですか?」


快く店員は志摩の言葉に頷いて、完成していた燐のアイスにもう一つ、乗せてくれた。


「お疲れって事で」


落とさんでよ?と志摩が言えば燐は満面の笑みで頷いてみせた。


「へへー、志摩ありがとなっ」


自慢げに男の子に四連のアイスを見せびらかすのを引っ張って店を出る。かっこつけて見せたが、半分くらい、顔から火が出る思いだったのだ。





その足で向かったのは公園。人気のない日陰を幸いにして見つけ、並んで腰を降ろした。
既に歩きながら食べていたアイスは溶けかかっていて、少し急ぐ必要があって、しばらく無言で食べていたのだが。


「冷たっ」


不意に頬に冷たい感触があって、びっくりして隣を向いた。


「なんやの奥村くん」

「やる」


燐の言葉に少し目線を下にずらすと、スプーンに乗せられた少量のアイス。

チョコミント。


「一応、お前のだし」

「別にええのに…ま、頂きます」


はむ、と差し出されていたスプーンを口に含む。冷たさと爽やかさ、その中の仄かな甘みが広がった。


「美味いな、ありがとう。奥村くん俺の食べる?」

「え、それ意味無くね」

「食べたく無いん?」

「う…じ、じゃあ、ピーチソルベ…と、チョコレート」

「どっちもって言えばええのに」

「それだと欲張りみたいだろ!」

「四つも食べといて良く言うわ。…ほら、取り」

「いただきます」


チョコミントの乗っていたスプーンでそのまま志摩のアイスを掬う。
いつもなら間接キスやな、なんて冗談っぽく言って盛り上げるのに、それすら出来ない。

そして、志摩は、そんな志摩を知らない。


会った途端に抱きしめたくなる事も知らなかった。
いつもより会えないだけで淋しさが積もっていくのも知らなかった。
変わっていくだけの表情から目を離せなくなって何も出来なくなるなんて知らなかった。
ガキに嫉妬することがあるなんて知らなかった。
病気だと疑うくらい思い入れるなんて知らなかった。
少しカッコつけただけで顔が炎を纏ったみたいに火照るなんて知らなかった。


(しかも、相手は男と来た)


本当に、燐と出会ってから知らないことばかり知った。

知り続けて、それで。


「アイス、付いてるで」


一点の汚れもない顔を指差してやれば、燐は驚いたように拭おうとした。
それが面白くて思わず笑ってしまう。


「全然取れてへんよ」

「あーっ、もう志摩やれ」

「仕方ないなあ、ジッとしとってな」


ジッとしろといったら何故か目も錘ってきた。
周りに相変わらず人気はない。

知り続けたら、もっと知りたくなったのだ。

例えば、このままキスをしたら。

彼はどうなるのだろうとか。
自分はどうなるのだろうとか。


そういう事を。








キスの、その先
(知識欲は独占欲に等しい)

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