不等式の証明



起きて、燐が真っ先に感じたのは鈍い痛みと吐き気。


「あー…」


二日酔い。
記憶では六本。
枕元に畳まれていたトレーナーを着て、携帯をチェック。時刻は10時。完全に寝坊だ。何通かメールが入っているが、見る気は起きない。


『あっ、燐おはよー!』


散歩から帰って来たらしいクロがキィ、とドアを開ける。頭に響く、痛い。


「んあ、クロおは…おええ」

『わあ吐くな酔っ払い!』


足元に来たクロを抱き抱えようと腰を折ったが気持ち悪くて仕方ない。なんとか堪えて、クロを腕に呼んだ。

―――さて。


「…風呂、入るか」

『うん、入る!』


猫は風呂嫌いじゃなかったかと、どうでもいい事をぼんやりと考えつつ、燐は一日を始めた。





うにゃーっと、シュラが伸びをした。雪男も溜息混じりに眼鏡を上げる。


「半日かけてハズレか…」

「昼間も活動するのはやはり厄介ですね」


悪魔探しも二日目だが、相変わらず手がかりは無い。
暑さも手伝っていつも以上に疲弊している。


「メガネー、本部に連絡」

「はい…って、忘れてた…」

「んにゃ?」

「携帯、壊してました」


苦笑気味に無残に握り潰された携帯電話をポケットから出す。おわあ、とシュラは変な声を上げた。


「壊れたんじゃなくて壊したのかよ」

「はい」

「燐が浮気でもしたか?」

「…浮気もなにも、付き合ってないですし。馬鹿な事言って無いで連絡してくださいよ」

「へーい」


志摩もやるにゃー。

その呟きは聞かなかった事にした。
出来れば忘れたままにして置きたかった。と、雪男はシュラを恨んだ。恨むべきはメールを送ってきやがったピンク頭なのだけれど。


(もしかしたら僕自身かな)


だからこそ、苛立ちを向けるべき方向が分からないのかもしれない。
自嘲。
隣で通話が終わり、携帯を畳む音で我に返った。


「戻って来いってさ」

「わかりました」


来た道を逆方向に行く。
シュラが後ろから珍しく名前を呼んだ。


「雪男さー」

「なんですか?」

「昔より判りやすくなったよな」

「どういう意味です」

「いい意味でだよ。上手くガス抜き出来る様になった」

「どう答えていいのか判り兼ねますが、ありがとうございます」


たまにはいいことを言うじゃないか。
雪男は感動した。


「後はビビリ脱却だな!」

「うるせえよ」


そして呆れた。

それから、ふと立ち止まった。
何もいわずともシュラも同じく歩を止めていて。


「雪男さー」

「なんですか?」

「早く帰れそうで嬉しかったりする?」

「…そうですね」





ばったり。
まさにその通りだった。


「わあ、これって運命?運命?」

「ただの偶然だろ」


と、燐は志摩の横を通り抜けて目当ての物を買いに行くが、志摩はニコニコと隣について来た。


「お前買うものねーのかよ」

「坊と猫さんと一緒に昼食べよう思っとったけど、燐の飯食べに行った方がええなって」

「俺に拒否権は無しか」

「ええやん、また呑み付き合うからして」


そこで燐は思い出す。


「じゃあ頭痛薬くれ。二日酔いで死にそう」

「え、寮に買い置きないん?」

「そこら辺雪男に任せてるから知らねーの」

「ふーん」


志摩の頭に昨晩、彼に送ったメールが思い出された。燐は知らないし、言う気もない。


「な、それで交渉成立!」

「こっちの取り分多ない?」

「いいんだよ、昨日迷惑かけた分もだから」

(あ、)


志摩がぎくりとした。前方を行く燐は気付かず、話を続ける。


「なあ、俺どれくらい呑んでた?」

「んーっと、七本やったかな」

「…一本少なかった…ま、今日はぜってー落ちねーから!」

「はいはい」


水混ぜておこうかなと思いながらも、頭は別の方向に向いていた。


(なんや自分、罪悪感とか)

(似合わんわ)






不等式の証明
(引いて、それは?)

[]



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