三角関数θ
四日に渡る予定の大規模任務。特にテイマーとドクターが多く起用された辺りに、目標の大きさが伺える。
宛がわれた一人部屋…というかテントはそれなりに快適だがなんとなく広い気もして落ち着かないので、わざと荷物を広げて狭くしてみた。
「…兄さんがいればいいんだけど」
残念ながら、今回の任務の前に、兄さんは他の長期任務を任されていたので参加は無かった。無理をさせたくはないが、それでもなんだかんだ一週間ほどゆっくりと顔を合わせていない。
寂しいなあと素直に思ってしまう。
それに、他の心配事だって。
「雪ちゃん、夕飯出来たって!」
テントの外からしえみさんの声。
「はい、ありがとうございます」
携帯を手に、脱いでいたコートを羽織って外に出ると、シュラさんと神木さんも一緒だった。
開口一番神木さんが言う。
「女性を待たせるなんて最低ね」
「メガネは最低だにゃー」
「シュラさん黙れ。…神木さんはすみません」
「差別だ」
軽く言い合いをしながら食事を受け取る列に並ぶ。大方僕は虫よけだろうか、と周りの男性の恨めしげな視線を一身に浴びつつ考える。
とにもかくにも、馴染みの面々は安心する。
これで兄さんがいれば最高なのだが…
「あ、雪ちゃん」
「はい?」
「燐の事考えてる」
「え!?」
しえみさんがニコニコと僕に笑っていた。
…びっくりした。
「なんでそう思ったんですか」
「なんとなくー。雪ちゃんはこんな美人さんが三人もいるのにお兄ちゃんだね」
「失礼しました」
でもごめんなさい。
やっぱり兄さんの方が大きいです。
こんな僕の内心を知ってか知らずか、シュラさんにやにや。
「雪男はブラコンだからにゃーん」
「ブラコンも度過ぎてるけど」
「でも雪ちゃんはビビリ!」
酷い言われようだった。
というかシュラさん、しえみさんに変な言葉を教えないで欲しい。
―――確かに聡い彼女達の言うとおり。
12年間の片思いはその間一歩も進展していない。
「進展する予定も無いけど」
こっそり呟く。前を行っていた神木さんだけは聞こえたらしくくるりと振り向いて、自分の眉間を指した。
「皺寄ってるわ」
僕は困ってしまった。
「燐が心配なら連絡すればいいのよ」
「簡単に言われましても」
「簡単な事でしょ、12年片思いするよりずっと」
「そうなんですけど」
僕は任務の時に兄さんに連絡を取らない。
もし、万が一。
「廉造はあんたの怒り買う位馬鹿じゃないわ」
「………敵いませんね」
「当たり前よ」
ふふん、と神木さんが不敵に笑った。
夜もふけた頃、本格的に呑みはじめたシュラさんを先輩に任せて、僕はテントに戻った。
携帯を途中から置きっぱなしにしてしまっていたから、それなりに多い受信メール。
一通一通目を通す。
時刻は日付が変わった頃。明日は見張り番もあるからそろそろ眠った方がいい頃だろう。
「っと…」
携帯がメールを受信し始めた。
差出人は、志摩くん。
こんな時間に一体―――――
―――――ば、き
気がついたら携帯が手の中で割れていた。これでは本来の機能は果たせないから、明日の朝に貸出を申し出なければ。
送られてきたメール。
眠りこける兄さんの写真と、ごちそうさまでしたの文字。
兄さんは見たかぎり服を着ていなかった。
「なんで」
どうして、何が。
眠れる気が、しない。
三角関数θ
(三人と三辺の関係)
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