その命題の真偽を調べよ
ふいー。
ぱたん。
「あ、燐さん落ちました」
真っ先に気がついたのは子猫丸だった。人の部屋だというのに遠慮なしに横になって幸せそうに寝息を立てている。
部屋の主である勝呂が大きく溜息。
「考え無しに阿呆みたいに呑むからや」
「阿呆みたいやなくて正真正銘の阿呆ですやん」
志摩の冷静な一言に他の二人が吹き出す。
三輪がタオルケットを出しに腰を上げ、勝呂が空になった缶ビールをその手から奪った。
無言で暫くそれを見つめてから他の空き缶と一緒に置いた。
「こいつ何本飲んどった」
「坊が置いたの入れて17本」
「…ざるや…」
でも呑むのが早いので潰れるのも早い。強いのか弱いのか分からない奴だ。
いつもは途中から水に変えてやるのだが、今日は潰すのが目的だったので、それもしなかった。
「これをあと二日はこっちが持たんわ」
「俺ら水にします?」
「ばれるやろが…ったく、弟おらんと寝れんなんてブラコンも甚だしいわ」
「ですねえ」
ブラコンで済んでればよかったなと、志摩は苦笑した。
子猫丸が隣室から戻ってきた。が、持っていたのはタオルケットじゃなく、燐のジャケットだった。
「起きないうちに持ってった方がええかなって」
反対意見はなかった。
既に目的は達成しているのだし、最終日ならともかく、起きられてまた付き合わされたら後が辛い。
「廉造、出番や」
「一応迎えもやったんやけどなあ」
「とか言ってお前飲んどらんやろ」
「相変わらずよう見てますね」
燐にジャケットを羽織らせた子猫丸が志摩のジャケットを持ち主に差し出す。
二人とも可愛げないわあ、と志摩は大人しく受けとった。
「燐ー、部屋着いたでー」
「んうー…」
足を使って器用にドアを開ける。寝ていたクロがぱちりと起きて、主の帰宅を尻尾を振って出迎えた。
志摩が燐の代わりにただいまと言えば返ったのは鳴き声が一つ。ベッドまで持って行って、丁寧に輪をかけて扱いながら横たえた。
「ぬあ」
「変な声」
くすり。
燐は何度もゴロゴロとベッドで寝返りを打ち、やっと安定する体勢を見付けて、落ち着く。
「やっぱ可愛ええな」
酒を呑まなかったのは全部この時間の為だ。酔い潰れた燐なんて、自分しか、知らない。
彼の弟は、知らない。
「あつ、い…」
「ん、服脱ぐ?」
「おー」
ぐらぐら揺れながら上半身をあげ、万歳の格好を取る燐。
少し理性が揺らいだが、ちゃんと約束がある。長年堪えて築いたこの立ち位置をそんな一瞬で手放すほど、自分は、馬鹿じゃない。
脱がせたシャツはきちんと畳んで枕元に。
さて帰って呑みはじめるか。
後ろ髪が引かれる思いで出口に向かうが、引かれたのは腕だった。
「…燐?」
「ゆ…、きお」
ああ。
自分は、馬鹿じゃない。
馬鹿じゃないのだ。
「好きな子には意地悪したくなるってな」
馬鹿じゃないが、小学生のガキみたいなくだらない意地は持っていた。
その命題の真偽を調べよ
(答えは誰がなんと言おうと、 )
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