ベクトルは交わらない
「ちわーっ」
ひょい、とノックも無しに入って来たのは志摩。見なくても分かるから俺は別に顔を上げなかった。シュラから借りた剣術書を読むのに忙しい。
「うーっす、なんだ」
「あの…せめて一瞥位はしてくれませんかね燐さん」
「廉造よりこっちのが興味あるから」
「酷い!俺ら恋人やん!」
「なった覚え、がっ」
ねえ、と言う間もなく、サッと本を奪われて、合わせて顔をあげる。
ちゅー。
…心底嫌そうな顔で、廉造が離れて行くのを見てやったら、くすくすと笑われる。このやろう。
「なんや機嫌悪いなあ」
「分かってて言ってるんなら斬る」
「あは、怒ってるのも可愛いわー」
でも笑った顔の方がええよ、と言う相手を明らかに間違っている台詞を吐きつつ、彼は俺の隣の机に付く。
多分、さっきよりも俺は嫌悪の顔をしているのだろう。痛いほど分かるが、どうにかするつもりはない。
「そこ、座んな」
「ええやん、手近やし」
「いいから座るな、そこは」
「だって若先生出てるんやし」
机に肘を立てて、厭味な位に輝く笑顔。やはり、向ける相手を間違えている、それで、彼が続ける言葉を。
俺は、聞きたくない。
だから。
俺は、咄嗟に腕を伸ばした。
のに。
「しえみちゃんと出雲ちゃんと霧隠先生に囲まれて三泊四日……残念やったな?燐」
最後は、今突き付けられた事実なのか、今俺が出来なかった事に対してなのか。
俺は勝手に後者と解釈した。
「外せ」
抜こうとして抜けなかった刀を廉造に投げる。柄と鞘に跨がって貼られた札に、俺は触れる事が出来ない。相変わらずムカつく笑みで廉造は札を剥がして、ポケットに入れた。
まさかの再利用可能型。
10年の間に嫌な方向に進化した"友人"である。
「燐ってキスすると無防備になるさかい、気ぃ付けた方がええで」
「お前位しかいねーから問題ねえ」
「わあ、殺し文句。可愛いこというやん。信用してくれてるんね?」
「仲間としてな」
「恋人やろ」
「それはねーよ」
はん、と俺は笑って見せる。
「こちとら10年、あいつに片思いしてんだよ」
「……やっぱ燐は笑った顔の方がええよ」
志摩も笑って見せた。
それは、いや、"それら"は。
泣きそうに口角を歪めていた。
「あ、坊が久々に呑もういうてたわ」
「それは行く」
「帰り送ってあげるな」
「なんかしたら殺す」
「燐にはせんよ、安心しい」
「おー、信用した」
ベクトルは交わらない
(今までも今も今からも)
-------------
別に雪男が女性陣の誰かとくっついてるわけでもなく
[←]