熱時間



「兄さん」


燐が就寝しようと布団に入りかけた矢先、部屋の向こうにいた雪男が声をかける。
このタイミングで呼ばれる意味は二人の間で共通で、燐は無言で近づく雪男を受け入れた。


高校生にもなって、兄弟一緒に一つのベッドで寝るのは珍しいだろう。だが、月に一度くらい、ふとそういう日が、修道院の頃からあった。
言い出すのは今日みたいに雪男からであったり逆に燐からであったり。ただ、この所、燐はどうも言い出しにくくて、雪男が言い出す事が多かった。


「寝た?」

「……」


問い掛けられるが目を閉じたふりをして無視する。背中を向けているからばれることはないだろう。
背中越しの、普段より近い声は心臓に悪くて、上がる心拍数が最愛の弟にばれやしないかと焦る。いつもならばいつの間にか寝られているのに、この頃の暑さも一緒になってどうも寝付けない。

早く夜が明ければいいのにと一層固く目を閉じた。





いい口実として、使う事に抵抗が無かった訳ではないが、本能には抗えなかった。


「兄さん」


いつも通りのタイミングで、雪男がそう声をかければ、燐は何もいわず、ベッドを半分空けて、無言で迎えてくれる。小さい頃から続く気まぐれな慣習。だが、ある時から雪男にとっては別の意味も持っていて。それは、秘めた恋慕の心を唯一許されるようなそんな一時であって。
背中越しに感じる温度が心地好くて癒される。
手を出す事はない。無理矢理やったとしてきっと、何よりも雪男に優しい燐は最後には受け入れてくれるだろうが、それまでになってしまう。
だからこそ目を閉じて、一時も逃さない様に隣に居られる幸せを感じた。

少しでも夜が長くなればいいと、許されない希望と同じように叶わない願いを捧げながら。



スー、スー、と、規則正しい寝息が聞こえてきてしばらく経った。普段眠りが浅い弟が、こういう夜にはちゃんと眠ることは喜ばしい。


(多分、兄貴として)


自信はない。信心はある。

難しい事を考えるのは苦手だと、いつもそこから先の心に立ち入る事は拒んでいた。


(認めたくないだけ)


夜は、静かで一人でそういうもの。
なのに、こういう夜は鼓動が煩くてそれで、暖かくて。
ついつい余計な事を考えてしまう。
寝返りを打って、目の前に雪男の背中。
自分よりも大きくなってしまった背中。
見る度に胸が締め付けられて痛い背中。

相変わらず雪男は規則正しく寝息をはいている。


「雪男」


小声で、恐る恐る出した声は掠れて、乾いて、震えていた。だが、止まれない。


「なんで兄貴なんだろうな」

「なんで双子なんだろうな」

「…なあ、雪男」



痛いよ。

そこまで紡いで、雫が落ちる。嗚咽はない。ただ、静かに泣いていた。
だから、燐は気付かなかった。
いつの間にか止まっていた寝息に。





混乱。

得意の頭は全く働いてくれない。
背中越しに聞いた兄の言葉を冷静に捕らえたくてもできなくて、自惚れていいのかななんて、邪な結論が出てしまう始末。
いや、きっと、そういう事なのだろう。
だとして、正直に応えたとして、自分達は変わってしまいはしないか。


(…取り越し苦労かな)


考えるのはやめた。

機を逃すなんて自分らしくない。

そして、彼は振り向き。
そして、彼は驚いて。
そして、彼らは。



「僕も痛いよ、兄さん」


漸く答えを出した。

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