破り捨てる事は出来ないので
「奥村君」
廊下で背中に珍しく声をかけられた。振り返らなくても分かる、相手は可愛らしい声をした女子生徒。
高校一年という年頃の男子高校生には喜ばしい展開かもしれないが、奥村燐にとっては憂鬱の対象でしかない。
またか、と内心で苦笑いしつつ、なるべく笑って振り返った。
燐の双子の弟である奥村雪男は成績優秀眉目秀麗に高身長で性格は紳士的であった。
それがもてない訳がなく、そしてそれが兄の燐にも適応されるかと言われたらそうではなく。更に残念なことに雪男に声をかける勇気のない女子にとっては貴重な連絡役として非常に不本意ながら名がと通っている始末。
さて。
燐の手元には今淡いピンク色の封筒がある。燐には書けない可愛らしく丸っこい小さな字で表には奥村くんへ。
先ほどの女子生徒から手渡されたいわゆるラブレター。もちろん燐に対してじゃない。雪男に宛てられたあの女子の精一杯の勇気。
「はあ」
「どうしたの兄さん」
「うおっ!?」
ベッドで寝転がりながら、雪男にこれを渡す算段を立てていた所に、他でもない弟がひょいと顔を出す。
また笑いながらどうしたの、と口を開いた雪男が燐の手に握られた封筒に気付くのにそう時間はかからなかった。
「それ、手紙?」
「あ、ああ……」
ああもう滅茶苦茶だ。
いつも帰りはもうちょっと遅いだろうがこのバカ弟、空気読め。
あとに続くかもしれない羅列が浮かんでは消えていく。くそ、と一言漏らすと、手紙をずい、と雪男の目前に差し出した。
「お前のだよ、頼まれた」
「…またか……うん、兄さんありがとう」
礼を言いながら手紙を受け取り、雪男はそのまま自分の机に戻って行く。
ついに耐え切れなくなって燐は背中を外側に向けるように丸まった。
「からかってやろうかと思ったのにお前のせいで台無しだよ」
「えー…気がついて良かったなあ」
ふふ、と笑う端々にカサカサと紙がこすれる音。
「なあ」
「ん?」
「…なんでもない」
断れ、なんて。
言える訳がないだろう。
泣きそうになって瞳を閉じる燐。
その背後で雪男が内心を読み取って実に愛しそうに自分を見ているとは知りえない。
――――ねえ、兄さん。
断るって言ったらあなたはどんな風に笑ってくれますか。
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