「アスベル、いる?」

短いノックの後、軋む扉の向こうからひょこっと顔を出したのは藤色の髪の少女だった。

「ああ、どうしたんだ?」

椅子が回転し、少女の方に向き直る。窓を叩く風が騒がしい。

「あれから半年経つけど…様子はどうか気になって」

恐らく俺の左目を通じて外界と繋がっている彼のことだろう。バロニアの地下通路から始まった一連の出来事、その終焉に出会った一つの答えがラムダという存在。ソフィがまだプロトス1と呼ばれていた頃からの因縁の相手でもあり、最愛の親代わりを殺され居場所すらも奪われた、最大の被害者でもある。

「元気じゃないかな。こないだだってヒューバートと稽古した時、力を貸してくれたし」

「それはリチャードのときとは違うの?」

「ん?あぁ、多分違うと思う。なんとなくだけどさ」

彼女に知らせてはあったものの、実はまだ力を使ったときの様子を見せていない。だから余計に不安にさせてしまうのだと思った。彼女はゆっくりと近寄り、不意に俺の手を握る。無言で行動された突然のことに照れ、たじろぐ俺を尻目に触れた手を両手で包む。そして俺の目を強く見据えながら、

「私とも稽古して」

その瞳は真剣だった。両者がぶつかることで起こる何かは全く予想がつかない。以前のように強大な力の衝突による波動の発生か、それとも引き寄せられた力同士の暴走か。それを考え言葉が詰まる。しかし、ソフィに引く気配は一向に見られない。こちらが折れるしかなかった。

「分かった、なら何処か安全なところへ…ラントの外なら大丈夫か」




二人並びながら歩く。沈黙を保ったままだったが、先に割ったのは、やはりソフィだった。

「本気でお願い」

「本気って…あくまでも稽古だからな?」

分かってると言わんばかりに深く頷き、構える。確か旅の最中もこんなことがあったっけ。

「それじゃ始めよ?」

「負けた方が夕飯係な、しかも相手の好物の」

両手から放つ粒子が彼女の武器を形作る。アスベルも鍔を押し上げ、柄へ右手を添え抜刀の構えをとる。ソフィも応じるように同じ体勢へ。間合いは5、6歩。一手目が同じなら、実体のないソフィが優勢だ。稽古とはいえ、実戦に近い緊張感が気分を高揚させる。靴が砂利を擦る音が耳につく。互いの呼吸が同調し始めたとき、ゆっくりと右の掌を閉じ、張り詰めた空気ごと瞬間に切り裂く。動いたのは同時。

「たぁ!」「はぁ!」

横一閃に振り抜いた刀身はソフィのリストを捉えるも掠っただけだった。対するソフィの光刃は居合の速さの前に弾け飛び、周囲を異空間へ誘う。お互いダメージは皆無。切り抜けた両者ともに背を向けた状態から先に飛び上がり、地を叩いたのはソフィ。

「霊子障断!」

衝撃波が振り向きざまのアスベルを襲う。剣を交差するように構え刃に沿って受け流し、左へ流れつつ抜き身のまま縦に振り下ろす。

「雷斬衝!」

斬撃と落雷がほぼ同時に迫り、間一髪で後ろへ跳び退く。剣を構え直したアスベルと低姿勢のまま地面を蹴るソフィ、両者が再び間合いに入る。

「はぁぁあ、衝皇震!」

「甘いっ!」

下から一気に詰め寄るソフィを迎え撃つ。だがしかし、その一撃が地を抉る寸前で"上から"背後に回り込まれ、今度は完全に虚を突かれたアスベル。振り向くより先に無防備な胴体へ強烈な打撃を叩き込み、間髪入れずに追撃を掛ける。

「そこ、双撞掌底破!!」

「う、ぐはっ…!くそっ…速い…!」

「まだだよ、シェル…」

「なっ!?」

彼女の手元で瞬時に生成される無数の針。掌底で吹っ飛ぶ体を空中で強引に制御してなんとか持ちこたえる。着地に合わせて剣を鞘に戻し、即座に神経を研ぎ澄ませ、より強く握る。

「調子に…のるなぁぁあ!!」

「スロー!」

「甘い、裂空刃!」

容赦無く飛来する針の嵐を神速の居合抜きが見事に迎撃し全てを刻む。今度はアスベルの周辺を粒子が舞っていた。それを振り払うように飛び掛かると、体をくねらせ連打を受け流しつつ反撃へ出る。

「はっ!たぁ!」

「えい!仁麗閃!」

「っ…!もう自由にはさせない!」

右手に握った鞘でソフィの片腕を受け止め、動きを止めた一瞬を見逃さずに空いた左手で負の波動を押し付けた。

「今だ!砕陣霊臥!」

「うっ、体が…!」

邪念が体へ流れ込んでゆく。外部からではなく内面への攻撃に動きが鈍り、瞬間の硬直状態に陥る。アスベルは脚を払い、腕を蹴り、さっきは外した連撃を今度こそくりだした。

「終わり…四葬天幻!」

「くはっ…!」

情けの無い猛攻に思わず膝を折るソフィを見て焦りだすアスベルに対し、目を合わせずに手で制止する。彼女の覚悟は並ではない。

「こないで」

「え、でも…」

「私が頼んだことだから。それにこれくらい…ヒール!」

癒しの光がソフィを包み、徐々に顔色が良くなってゆく。剣士の顔からたちまち保護者に変わってしまったアスベルも、流石にこれ以上口を出すことはしなかった。一度言い出したら聞かないのは重々承知していたから。

「分かった。それじゃあ」

再び腰の鞘に手を伸ばし、あと少しだけな、と返す。ソフィも強く頷き、何時でも駆け出せる体勢に入る。

「そうだ、アスベル。もう手加減は駄目だよ?」

「え、バレてたの?」

「だから」

空気が針の様に突き刺さる。彼女から発せられている感情、それはまさしく殺気に等しかった。

「私はアスベルを殺すつもりでいくよ?」

胸の前で手を合わせ、粒子を集めていく。アスベルはその一言に一瞬戸惑ったが、状況を読み取れない程甘くは無かった。

「それなら俺"達"も本気でいくしかないな」

目を閉じ、広がる暗闇の世界の中で鞘走った刃に迷いは乗せない。代わりに乗せるのは星の核での決意。

(この世界を、もう一度見てみないか?)

(さあ、手を取れ)

(…断ると言ったら?)

(俺が…お前の手を取るだけだ)

(どちらが先かなんて関係ない)

(手は…繋ぐことに意味があるんだから)


誰も傷つけず、全てを守りたい。そう願いながらも何度折れそうになったか分からない。頼りないかも知れないが、俺はお前と共に生きると決めた。だから。

「例え模擬戦でも…負ける訳にはいかない!!」

鋭い眼光でソフィを見つめる。視線が交差し、互いの本気を確かめ合う。殺し合いでは無いにしろ、それに準じた覚悟であることは確か。風が見つめ合う二人の全身を撫でる。五感が研ぎ澄まされていく。湿った空気や倣うように空を覆った厚い雲、日光を遮られた二人の手元はより強調され、周囲に眩い光をもたらす。沈黙が破れる直前、アスベルもソフィも不思議と自然な笑顔を交わしていた。それは偶然にも両者の間に落ちてきた恐らく一滴目であろう雨粒が、虚しく爆ぜる瞬間だった。

「スカラーガンナー!!」

高圧縮粒子が圧倒的破壊力を伴って発射される。あっと言う間に刃へ到達し、弾かれ足元で炸裂する粒子は周囲もろとも俺の四肢を吹き飛ばそうとする。強烈な爆風が体を襲うが、吹き飛んだ先はソフィの上だった。爆風と共に飛び上がることで直撃を避けつつ反撃の一手に転じる為に。アスベルは空中で、あんな高出力まともに食らったらただで済まなかったろうな、とつくづく感じた。

スカラーガンナーの反動で後ずさる体を狙い飛び掛かるアスベルに対し、反撃に転じるには無理があった。展開が早すぎる。だが、アスベルが空中から仕掛ける方法と言えば恐らく一つしかない。

「崩雷殺…!?」

攻撃の範囲外へ回避するためバック転で瞬時に飛び去り、距離を置いて…と甘く考えていたのが間違いだった。

「甘いな、ソフィ!」

ソフィが声を上げる前に目は状況を理解していた。空中から迫るアスベルは確かに剣を逆手持ちに切り替えていた、しかし剣が纏うのは雷ではなく白銀の光。

「え…!?」

「集え、活心!敵を穿て!」

剣が突き立てられた地面から六本の刃が飛来しソフィの体を切り抜ける。そしてアスベルが地面を強く殴るとそれに呼応するかの様に足元から再び白銀の刃渦巻きながら切り刻む。それはソフィが初めてみた技。

「活心鋼破!」

なんとか一度目は防ぎきれたものの、下からの追撃は免れられず、直撃を食らった体が強く揺さぶられる。だがアスベルの攻撃の手は緩まない。そのまま怯んだソフィへ締めの連打をお見舞いする。

「封神雀華!吹き飛べぇ!」

流れるような動きで虎の闘気まで続けざまに叩きこむ。吹き飛ぶ少女の体から粒子が大量に飛散してゆく。が、ふらふらしながらも立ち続けていた。そう簡単に倒れるソフィではない、とアスベルは一番よく分かっていた。

「くっ…、やっぱり強いね、アスベルは」

多少よろけながらも不敵な笑みを浮かべている。

「でも」

「?…!?」

「油断したね」

アスベルは周囲に飛び散る粒子の中心にいる。アスベルが攻撃を当てる度に飛んでいた…が、明らかに様子がおかしい。

「蒼穹を駆けよ!」

掛け声と共に粒子は無数の光球となりアスベルの体をいたぶる。目で捉えることの出来ない速さのそれはやがて距離を詰めたソフィへと還ってゆき、極限の破壊力を伴って戻ってきた。

「カタストロフィ!!」

光の様に駆け抜けるソフィの速さは尋常ではない。体がミキサーにでもかけられたかの如く回される。防ぎようなんかあるはずも無く、ただされるがままだった。

「ぐぅ…!」

「まだまだいくよ!」

休むことのない拳の報復。先程とは打って変わって容赦がない。

「双竜脚!刹破衝!」

左右からの高速の二連蹴に懐への強烈な突き、更に背後へ瞬間的に移動する光子の剣技。

「アストラルベルト!」

姿を見失ったアスベルにはもうどうすることも出来ない。がら空きになった背中へ練り上げた闘気をぶつけ、閉じ込める。

「錬気轟縮!」

「ぐ…ぁ…!!」

本当に手加減なしの本気で攻めるソフィに軽く泣きそうになる。彼女はアスベルの予想を遥かに超えていた。強すぎる。

「終わらせるよ、点穴縛態!」

遂に体の自由すら奪われた。全身が痺れ言うことを聞いちゃくれなかった。それでも地面に手は着けたが、立ち上がれない。このままじゃ待っているのは…火龍炎舞。

「帰ったらカニタマね」

笑顔で言うその目は据わっていた。そして少女の視線に反応したのは俺ではなく、彼だった。

(情けない…左目に手をかざせ)

(我の力を貸す)

(…ああ…頼む!)

「いくよ、アスベル」

一歩ずつ迫る小さな体が恐怖に感じる。でも負けた訳じゃない、まだやれるなら何度でも立ち上がるだけ。

「悪いけど今晩はカレーだ!」

痺れる右腕に鞭打ち無理矢理左目へもってくる。そして強く願う。

「力を借りるぞ!ラムダ!!」

「えっ…?」

急に体が軽くなる。一気に痺れが取れ、体に力が戻ってきた。そして一番の変化はアスベルの体の周囲を回る黒炎。ソフィの目にも正体は明らかだった。

「ラムダ…!」
確かにラムダだが、リチャードの時とは違う、そう本能的に感じた。彼に敵意は無いし、影も無い。外へ出てきているから分かった。そして何より嬉しかった。

「ソフィ、第二ラウンドいけるよな?」

答えは聞くまでもなく。

「うん!」

ソフィも抑えていた力を解放する。光が体を覆い、同化した様な感覚と共に力が沸いてきた。もう一度三人は向き合い、剣と拳を交え夕方まで語らい続けた。


(こういうのも悪くないものだな)






お互いに本気でぶつかり合い、疲れ果てて屋敷に帰ると既に夕飯が並んでいた。しかもカレーとカニタマ両方。

「全く…久しぶりに来てみたら夕方まで稽古だなんてどうかしてますよ、兄さんもソフィも」

「今晩はお二人の好きな物を御用意致しましたぞ」

ヒューバートは飽きれ、フレデリックが着席を促すが、二人とも曖昧な返事のままソファに倒れ込み、そのまま深い眠りに落ちてしまった。




「こうやって見ていると兄妹みたいよねぇ」

「ああ、そうだな。にしてもまさか大好物を前にしておきながら寝るとは…アスベルはともかく、ソフィは珍しいな」

「それだけ疲れてたんじゃない〜?って、今ならソフィに悪戯してもバレないかなっ?」

「やめたほうがいいと思いますよ。兄さんに怒られてもいいと言うなら止めませんが」

「そうだよ、パスカルさん。今は二人ともゆっくり寝かせてあげよう」









お久しぶりです!
あまりに久しぶりなので趣味爆発の誰得小説になりました--;
移転してからは初投稿です…
リハビリ兼練習も兼ねてバトル物にしました^^頭の中で動かしながら書いているので、割と無茶な動きはさせてないつもりなのですが、いかんせん描写が難しいですね^^;

一応最後の二人はアクセルモードのつもり…本当はこっちをメインに書きたかったのですが力尽きて終わらせてしまいましたorz

ラストの会話は、実はみんな帰ってきてたってことにしておいてください(笑

TOGf楽しみ!!

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