誕生は予期し、発生は突然に 消滅は予期し、消失は突然に
それは
突然? 偶然? 自然? 必然?
そんなもん、分かるかよ。
俺が分かるのは、
助けたいって衝動だけだ。
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「アイリ、それじゃ頼んだぞ」
「うん、行ってくるね」
体が軽い。吹き抜ける春が徐々に気温を上げてゆく。春を迎え入れるかのように村の草花も顔を覗かせているのが分かると気持ちまで暖かくなってきた。
「えっと…お砂糖に林檎に…あ、あの子の為にミルクも買っちゃおっ」
今日はママと林檎のジャムを作る予定になっている。
「アイリちゃんいらっしゃい!あら、髪の毛伸びたわねぇ!」
「こんにちは、おばさん!やっと肩までつくようになったんですよ〜」
その為の買い物に出掛けている途中。あの子とはパパとママには内緒で飼っている黒い子犬で、一ヶ月前に家の前で震えていたところを拾った。額の毛だけ茶色く、名前はまだ決めていないけどとても可愛い。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!林檎のジャム出来たら是非食べに来てください!」
「本当に?楽しみにしてるね、アイリちゃん」
「はいっ!」
必要なものは買ったし、あの子のミルクも買った。日も傾いてきたから急いで帰らなきゃ。足取りは軽やかに、気持ちは一層晴れ渡る。気づけば駆け足になっているほどに。
そんな無垢な少女の思いを崩壊させるには充分過ぎる現実が待っていた。
「え…うそ…」
訳が分からなかった。平穏は硝子のように音を立てて割れ落ちてゆく。それは比喩などではない。
「家が…私の家が!!」
大切な家が火の手を大仰に振っていた。自分の家だけではない、周辺の家屋も同様に焼けている。こんな光景見たくなんか…ない。
「そうだ、パパとママは!?どこっ!?」
声は上擦り、呼吸は荒く、全身から汗が吹き出す。血眼になって周囲を見渡すも、親どころか近所の人すら見当たらない。不安が渦巻く中、恐る恐る歩を進めながら家の裏手から広場に向かおうとしたそのときだった。
「…!?パパ!!」
それは衝突音と共に吹っ飛ばされた最愛の父。何が何だか理解出来なくとも、自らにも彼にも生命の危機が訪れていたことは分かった。父の手からするりと抜け落ちる一振りの剣。それは何者かに向かって必死に抵抗した証。しかし血ひとつ付いていない剣が物語る様子はされるがままだったということ。すぐさま駆け寄ろうとしたが、建物の死角で見えていなかったものが姿を表し、足が竦んでしまう。凍りつく下半身、血の気がみるみるうちに引き、心底から恐怖に喰われてゆく。視界に飛び込んできたのは見慣れぬ巨獣。口から吐息の如く火炎を漏らし、大きさは大人と同等、或いはそれ以上の怪物、だった。そして更に目を疑うもの―
「ママ!!」
獣から僅か十数歩の距離しか離れていないところに横たわる最愛の母。いくら母から離れているとしても事実を分かってしまった自分が嫌だ。既に事切れているという現実。今すぐ近寄りたくとも全身が命令を無視する。叫んだ時、既に相手に気づかれていた。一歩、また一歩と最期が迫ってくる。逃げろと本能が警鐘を鳴らし続けていたが、頭は掻き回され硬直した体は言うことを聞いちゃくれない。混乱の中いくら考えても、この絶望的状況から導き出される答えは…絶望のみ。この怪物に対して勝ち目など存在しなかった。
「やだ…こないで…こない…で…」
今度は喉が固まる。意思表示の声が出なくなり、家の焼け崩れる音、辛うじて腕に抱えた紙袋を無意識の内に強く抱きしめるバリバリという音のみが無情に響く。
「あ…あぁ…」
やっと涙が溢れた。無声の号泣。両親の死、自らの終わり、涙腺は皮肉にも最後の最期に彼女の思いを表現する形になった。
「い…や…」
足音が止み、怪物が大きく吸い込むと吐息の火炎は流れを生み、球体へと収束してゆく。もう駄目、私も死んじゃうんだ。溢れ出る涙とは裏腹に諦めにも似た妙な落ち着きを取り戻し、改めて怪物を見つめると、ある一点へ視線が釘付けになる。
「え…嘘…あの子なの…?」
額の茶色い毛に気づいたと同時に、怪物、もとい魔犬の火球が打ち出されようとしていたそのとき、私の視界は大きく揺らいだ。
右半身に激痛が走る。抱えていた紙袋から様々な物が散乱し、ミルクは瓶が割れ、漏れ出ていた。って、
「あれ…なんで…私…」
生きてる、しかも重い。何かが乗っかっていて、温もりを感じた。この感じは恐らく、人間。
「誰?」
先に立ち上がるその姿は、並べば私よりずっと背の低いであろう―男の子だった。
――To be continued?
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