▼90 音を立てないように気をつけながら、三歩程前に進む。完全に外に出ると、夜なのに生ぬるい風が吹いていた。 ドアの隙間から漏れる光ひとつではまだ、周りの様子はよく見えない。当然、人影も。 足音と同様、音を立てないようドアを閉めた。 「最近、ほんとおかしいよ……」 妙にはっきりと声が聞こえた。 無意識に、自然に、耳が音を拾おうと必死に神経を活発にしているのが分かる。 「関係ないだろ、」 どこかで分かっていて、でも久しぶりで、不意で。ドキリとした。 間違えるわけない、アイツの声。 「関係ないわけないじゃん!」 さっきの呟くような声とは違って、張った声。想到怒っているようだ。 その次の一言に、俺はその場から動けなくなる。 「彼女だもん!」 (あぁ、) そりゃ、そうだわな。 胸の真ん中に、急に氷を落とされたみたいな苦しさを覚えた。 「……、」 風に乗ってにおい慣れたマルボロの煙が鼻腔を刺激した。呟いたらしい声は、ここまで届いてこない。 <<Retune? |