▼出口 日にち以外何も指定はなかったが、それでもココで合っているという確信が持てるのは長年の付き合いで培われたものかもしれない。 定時よりも少し遅れて来るのはいつものこと。 もう10分は過ぎているけど、聞きなれた足音は聞こえない。これが30分も過ぎるとさすがに不安になるかもしれないが、まだまだ来ないのは分かっている。 待つこと20分。人通りが多いせいか、チラチラと視線が気になる。 それを無視し、走る車を視線だけで追いかけていると、やっと遠くに姿を現した。しばらく見ていなかったからか、前よりも少し痩せた気がする。 「お待たせ。」 「お待たされ。」 「……久しぶり。」 「おう、久しぶり。」 片手を挙げて挨拶を交わす。 心なしか、覇気のない声。相手にも同じように見えているんだろうか。 「で? 話って?」 「…ここじゃ、ちょっと、」 「ん。」 立ち上がって、スピードを合わせながら歩く。今日はいつもよりちょっと早い気がする。 決心したあの日から、顔を浮かべては鼓動が早くなる。ポケットに入れた手も、少し汗ばみ始めていた。 表通りは人が多い都会だが、裏道に入ればその人数は一気に減る。 ココも例外ではなく、煩い雑音を遠くに聞きながら、静かな道を歩いていた。 「あの、さ……」 切り出した声は震え、緊張していた。 たった一言なのに、声にするのはひどく難しい。 「言いたい事があるんだ。」 緊張感のない声。 幾度も修羅場をくぐってきたから、今更だ怖気づくことはない。そんな声。 「何?」 立ち止まれば、視線がぶつかった。 静かなこの細い道にいるのは慣れていたハズなのに、何故かココが異質な場所に思えた。表から聞こえる雑音に紛れて、心臓の音が響いている。 「……もうやめよう、この関係。」 何度も繰り返し考えた言葉。本番になると言いたかったのとは違う事を言ってしまうとはこの事か。 「どういう意味?」 「そのまんま。セフレなんて、もう止めよう。」 一瞬、瞳に陰りが見えた。言うなら、今…… 「同じこと、考えてた。」 「……そう」 視線を逸らし、上へと向ける。 今この瞬間、こんなにも暗い雰囲気に呑まれそうだというのに、空は相変わらず青くて遠い。何があっても変わらないというのは、変われないのとなんら変わりはない。何がいいかなんて、誰にも分かりはしないのと似たものだ。 「俺さ。……好きなヤツがいるんだ。」 「………へぇ」 「お前もよく知ってるヤツ。」 「誰?」 「……左、向いてみ?」 ……なんて遠まわしな表現だろう。顔を向けた先にはガラスに映った半透明の姿が一人。 空を見上げる。なんだ、さっきよりも輝いて見えるのは気のせいか? 「僕も好きな人がいるんだ。」 「……誰。」 「不器用で、口悪くて、顔だけがいいヤツなんだ。」 「最悪じゃねぇか。」 「そう。自分で自分の事を最悪だと言った人。」 小さく笑った。表通りの雑音に負ける程小さな笑い声に代わりはなかったけど、それで十分だった。 胸のわだかまりが、跡形もなく溶けていった気がした。 <<Retune? |