羽根の無い鳥

ぼくは人がいなくなったのを見計らって、兄さんの乗ったカプセルに近付いた。
兄さんの躰にはいくつものチュウブが絡まっている。ぼくも過去にカプセルに乗った事はあったが、チュウブを取り付けるタイプは初めて見た。
学校の奴等が言ってる通り、寝ている時の兄さんはとても綺麗で儚かった。

「……こんな処まで来たのか、」

薄いヂェルに反芻して、声が割れたように聞こえる。
目を閉じたままなのにどうして分かったんだろう?兄さんには、こんな超能力があるのかもしれない。

「心配だったんだ。この前そう言っただろう」

そう言うと兄さんは目を開けて、視線をぼくとかち合わせる。
呆れたような、怒ったような目つきだ。

「何でこんな処に、」

「いずれ人が来る。お前はさっさと帰れ」

「質問に答えて。……こんな処で何してるんだ、」

ヂェルが少しだけ曇って再び兄さんの顔を映した。ちゃんと呼吸をしてるのだと分かって、ほんのちょっと安心出来た。

「見てたんだろう、俺が此処へ入るのを、」

それ以上は答えなかった。兄さんは目を閉じて、ぼくの質問を全て無視する。
優しかった兄さんが変わってしまったのはいつの頃からか。記憶を探ってみても、いつだか分からない。でも、小さい頃の兄さんはいつだって優しかった。ぼくにこんな仕打ちをするなんて。

「兄さんぢゃなくて、ぼくだったら良かったのに、」

小さく呟いただけの独り言だったが、兄さんに伝わったらしい。

「……お前の頭ぢゃ足りないんだ、理解しろよ」

「頭が良ければ兄さんの代わりになれるっていうのか、」

「お前には無理だ。……お前には」

兄さんの躰に絡むチュウブを引き千切りたくなった。
なんで兄さんなんだ、なんでぼくぢゃないんだ。ぼくの代わりはいくらでもいるけど、兄さんは代わりが効かないのに。
だけどぼくにはカプセルの横に並ぶ羅列の意味を理解出来なかった。
もし兄さんに万が一の事が起こってしまったら、それこそぼくは自分を許せないだろう。兄さんを救う方法は一つ、カプセルを破壊する事だけだ。

「物騒な事を考えるな。後少しで帰れるんだ、騒ぎを起こしてまで此処から逃げたいと思ってるワケぢゃない」

諦めたみたいな物言いだった。
兄さんは左手を動かして小さな釦を押した。同時に無駄に大きな音が部屋を包む。

「逃げろ。お前になら出来るだろう、」

「兄さんは、」

「俺は――だからな……」

警報音に紛れて兄さんが何を言っているのか聞こえなかった。

「何、」

兄さんの声を聞く事はなかった。
飛んできた刃物が隣のカプセルを破壊し、その小さな破片が左手に刺さったが、これ以上ぼくが此処にいる事で兄さんにまで怪我をさせてしまいそうだったので、仕方なくその場を離れた。
元来た道は封鎖されてなくて、ぼくはその道を通って表へと出た。
しばらく路地裏に身を潜めて兄さんを助けようと思ったけど、どうしても兄さんの言葉が頭から離れない。
兄さんはどうしてあの場所から逃げないんだろう、最後に言った言葉は何だったんだ。
ぼくは逃げる途中にあの場所から拾ったマイコンの末端を枕の下へと入れ、その事を考えながら眠りに落ちた。
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