「ちゃんと、好きだよ……」

本の表紙、擦れて反対側に反りかけた角をいじりながら呟くように言った。襟足から覗くうなじや耳が赤く染まっているように見える。

「っ、千歳……それ反則っ!」

本が床とぶつかる音が響く。気付けば千歳の視界は幸也の腕の中にあった。

「え、ちょ、お前! 何なんだよ!」

慌てて胸や肩を押したが、どうやら効果はないらしい。目の前を揺れる髪の毛を引っ張ろうとしたものの、何度試しても指先が捕らえるのは毛先のほんの僅か、ほんの数本で、引っ張ったところで大した痛みを与えることもできない。
唯一物理的危害を加えることができるのは、背中を叩くことくらいだった。

「俺、我慢できません。」

ようやっとお互いの間に隙間が出来た。
そう思えたのは一瞬で、幸也の笑顔が見えてすぐ、唇に柔らかな感触が当たった。

「っん……の、バカ野郎!」

千歳は拳を握りしめる。それは何のためらいもなく幸也の頬に強く当たった。
左の頬はほんのり赤くなったが、すぐに幸也の手で隠された。唇は相変わらず弧を描いたままだ。

「はいはい、大人しく。ね?」

体を離した幸也に、もう一度拳を握る。だが頬から移動してきた手に容易く手首を取られた。
振り払おうと両腕を振り回してるうちに反対の手首をも掴まれ、体を支えていた手は無防備な千歳の腰に移動した。ベッドシーツが体と共に引き上げられる。

「おまっ……離せよ!!」

力の差は歴然だった。
乗り上げてくる幸也を自由な足で蹴ろうとしたが、足には足を。すぐに抑えられてしまった。
顎を捕らえられ、二人の唇が重なる。

「っ! 色気ないなぁ、もう」

一瞬顔を歪め、離された唇には赤い血が流れていた。顎を抑えていた手を離し、指で拭っては見せつけるかのように舌で舐め取った。

「そんなもん俺に求めんな!」

首筋を這う生暖かい感覚に顔を背ける。
シャツのボタンを外していく音と、扉を閉める音が重なった。
……見ていられない。
最後に見た幸也の色素の薄い茶色の目を思い出してため息を吐いた。

「シーツ、汚されなきゃいいけど。」

いくら親友だからといって、情事に励んだと丸分かりのシーツを見るのは本当に気が滅入る。少なくとも洗ってほしい。リビングへ通じる階段を下りながら、もう一度大きなため息を吐いた。
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