「お疲れさまです、」 JS

「そろそろ返して、」

挨拶の言葉よりも先に放たれた言葉は、いつかは言われると思っていた言葉だった。

「……やーだね、」

俺の返事に気分を害したようだ。低い声が返ってきた。
だが俺はまだ、手放す気はないんだ。

「城生だって許したじゃん、」

「許したって、」

水色のプラスチックに縁取られた一見して安物だと分かる鏡。要が着けていたのと同じデザインのネックレスを首に着けて、鏡越しに目が合った俺に見せつけるように触る。

「元々俺のなんですけど、アレ」

アレって、何さ。ちょっとイラっとした。

「物扱いすんなよ」

用済みになったハンガーを乱暴に元の位置に戻す。落ちそうなくらい大きく揺れて、奥の壁にぶつかった。
俺の方なんて一切見ずに、自分の支度をしながら苦笑する横顔。

「……いや、物だろ」

平気で要のことを”物”だなんて言う城生の神経が分からない。
今度は俺の声が低くなる。

「お前ってそんな男だったわけ? まじ見損なったわ、」

「いや、借りたもんは返すのが常識だろ、」

いつもと何ら変わりなく、さも当然かのようにさらりと答えるその顔を見て、考えるより先に体が動いていた。

「人を物扱いすんなって言ってんだよ!」

部屋中に響く大きな音と声。ベンチの位置が大きくずれて、その上に置いてあったお互いの荷物が床に散乱する。
城生はため息を吐いて、静かにロッカーの扉を閉めた。

「だから物、……、」

呆れたように言い始めて、途中から肩を震わせた。

「なんだよ、」

俺が声をかけると、今度は城生が部屋中に大きな笑い声を巻き散らかした。
笑いすぎてちゃんと立てないのか、腹をかかえながらふらふらしている。

「おま、……、ばかだろ!」

笑いながら話すもんだから、何を言ってるかちゃんと聞き取れない。
城生は笑ってるし、俺は置いてけぼりくらうし、まじ意味分かんねー。
なんなの、コイツ。

「傘の話だよ、」

笑いすぎて涙出たわ、目尻を拭いながらそう言って、それでも肩を震わせてる。
(つーか傘かよ! 紛らわしい!)

「ちょっと前に貸した傘だよ、かーさ!」

俺の肩を叩いて、ばかにした口調で言われた。
恥ずかしさと笑いに、俺の怒りはどっかに飛んでいったらしい。

「……明日持ってくるわ、」

ため息と一緒に出た声は、すんげーちっさかった。
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