▼「お疲れさまです、」 JS 「そろそろ返して、」 挨拶の言葉よりも先に放たれた言葉は、いつかは言われると思っていた言葉だった。 「……やーだね、」 俺の返事に気分を害したようだ。低い声が返ってきた。 だが俺はまだ、手放す気はないんだ。 「城生だって許したじゃん、」 「許したって、」 水色のプラスチックに縁取られた一見して安物だと分かる鏡。要が着けていたのと同じデザインのネックレスを首に着けて、鏡越しに目が合った俺に見せつけるように触る。 「元々俺のなんですけど、アレ」 アレって、何さ。ちょっとイラっとした。 「物扱いすんなよ」 用済みになったハンガーを乱暴に元の位置に戻す。落ちそうなくらい大きく揺れて、奥の壁にぶつかった。 俺の方なんて一切見ずに、自分の支度をしながら苦笑する横顔。 「……いや、物だろ」 平気で要のことを”物”だなんて言う城生の神経が分からない。 今度は俺の声が低くなる。 「お前ってそんな男だったわけ? まじ見損なったわ、」 「いや、借りたもんは返すのが常識だろ、」 いつもと何ら変わりなく、さも当然かのようにさらりと答えるその顔を見て、考えるより先に体が動いていた。 「人を物扱いすんなって言ってんだよ!」 部屋中に響く大きな音と声。ベンチの位置が大きくずれて、その上に置いてあったお互いの荷物が床に散乱する。 城生はため息を吐いて、静かにロッカーの扉を閉めた。 「だから物、……、」 呆れたように言い始めて、途中から肩を震わせた。 「なんだよ、」 俺が声をかけると、今度は城生が部屋中に大きな笑い声を巻き散らかした。 笑いすぎてちゃんと立てないのか、腹をかかえながらふらふらしている。 「おま、……、ばかだろ!」 笑いながら話すもんだから、何を言ってるかちゃんと聞き取れない。 城生は笑ってるし、俺は置いてけぼりくらうし、まじ意味分かんねー。 なんなの、コイツ。 「傘の話だよ、」 笑いすぎて涙出たわ、目尻を拭いながらそう言って、それでも肩を震わせてる。 (つーか傘かよ! 紛らわしい!) 「ちょっと前に貸した傘だよ、かーさ!」 俺の肩を叩いて、ばかにした口調で言われた。 恥ずかしさと笑いに、俺の怒りはどっかに飛んでいったらしい。 「……明日持ってくるわ、」 ため息と一緒に出た声は、すんげーちっさかった。 <<Retune? |