正月(02) JKS

近場で一番有名な神社へは、バイクで10分とかからない。
「タバコかほんとの息か分かんない!」後ろから笑い声が聞こえた。言われた通り息を吐くと、真っ白い息が煙のように吐き出された。
神社付近は案の定停める場所なんてなくて。夏祭のときと同じ、住宅地の前でエンジンを切った。
ここからだと歩いてそう遠くない。大きな横断歩道の前で赤信号に足を止めると、向こうに見知った姿を発見した。

「あ」

向こうも気付いたようだ。隣の要も同じ声をあげる。

「なに、行かないって、」

青信号になって横断歩道を渡ると、挨拶もなしにいきなり刺のある声。隣のツレを見るのは初めてだが、とりあえず新年の挨拶を交わす。

「……重玄とは、ね」

要がそう言うと眉根を寄せて明らかに不機嫌な声。

「彼女?」

淡いピンクのコートを羽織った、アッシュカラーの髪色の小さな女の子。
要と重玄を見比べては、俺に「どうしたらいい?」と訴えるような目を向けてくる。知るか。

「関係ない、」

素っ気ない答えには素っ気ない返事を。重玄に彼女が出来ようが出来まいが俺には無関係だ。
要の手を引いて先に行こうとしたとき。

「あ、」

突拍子もないことを言い出した。
確かにそれは恒例だし鉄板行事だけれども。
(このタイミングでそれを言うか、)

「重玄、あたしもしたい」

「みんなで行こうよ」

「まじか」

俺と重玄は同じことを口にしていた。まさかこいつとハモるとは。
要の上面だけの社交性にちょっとだけ残念に思ったのは言うまでもない。

巫女さん姿のアルバイターに百円玉を各々三枚ずつ渡して、木箱を振る。
逆さまにしてまた軽く振れば、飛び出してくる細い木。

「六十五、」

小さい頃からこれには違和感を感じていた。たかが紙切れ一枚に書かれた印刷で一年の運勢が決まるのか。木棚から六十五と書かれた紙を取り出す巫女さんを見て、今年もまた同じことを思った。
(大抵が大吉なんだろ、)

「小吉ってまじ微妙」

やけにデカい声。重玄は小吉か。やっぱり重玄には勝ちたい。なんだかんだでライバル心むき出しな俺。ださい。

「うっさい! ……ってまじで、」

重玄は確認するように要の手元を見た。でも俺は見なくても分かる。

「こいつ毎年だぜ」

「城生もね」

「あたしもね、」

そう言って重玄に見せる紙には、大きく"大吉"の文字。
重玄は明らかに拗ねた顔で何度も自分の手元と周りの紙を何度も見比べて、やっぱり拗ねた顔をして諦めたように紙を折り初めた。

「重玄だけ小吉とかだせー!」

そんな重玄を見て要は更にからかいだす。
(子どもか、)

「だせー」

いつ仲良くなったんだ。重玄のツレも要と同じ口調でからかいだした。
新年早々どんまいだな。

「寒い」

要の頭に手のひらを乗せて、助け船を出してやった。俺っていいやつ。
なのに重玄の眉間には皺が。

「帰ろ」

リアルに寒さの限界は近い。少なくともここで立って三人のやり取りを見ているだけの余裕はなくなってきた。
竹すら見えないくらい多く結ばれている紙の隙間に同じように結ぼうとしている重玄に片手を上げて別れを告げる。
「またね、」と言ったのは要か、女か、他人か。

バイクの後ろに跨りながら要が言った。

「あれ、重玄の彼女じゃないのかな?」

エンジンがかかるまで、何も言わずにいた。騒音の中で人の声が聞き取りづらい要には、この間何を言っても大抵聞こえない。

「彼女だったらどうすんの、」

通りに出る直前、少し止まった隙にそう聞いた。答えは分かっているけど。

「別に。どうでもいい。」

実に要らしい答えだ。俺の予想は見事に的中。
ただ"聞いただけ"だ。要がどうしようと俺にどうすることもできない。だから大した興味はない。
"聞いただけ"だ。

「あそ、」

「ん。帰って姫初めしよ、」

四方をエンジン音と風に邪魔されている今、何を言っても聞こえやしないと思う。頷くことで伝わっただろうか。
家に帰ったら、しばらく誰も来ないはずだ。何度でも伝えてやろうと思う。聞き漏らすことない耳元で、何度でも。

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