「そうか……、」

コツン、コツン。
ペンの裏側で叩かれているのは、カルテに書かれたドイツ語。
少しずれ落ちかけているメガネのブリッジを下から押し上げて、こちらを見る。僕の目を。眉間には、皺が。

「その時に何か変わったことは?」

体育の授業が終わってすぐから、視界は異変に包まれていた。
更衣室で真っ直ぐに立っていたはずなのに、なぜか歪んで見えたパイプの棚。その歪みは僅かなもので、気づかないと言われれば気づかないものなのだろうけれど。

小さな異変に慣れることはなく。
チャイムが鳴る前に座った自分の席。目の前には黒板。チョークが並べられている直線の木すら歪んで見えた。二度目の異変を自覚してすぐ、本格的な吐き気に思わず席を立った。

教室のドアを引いてすぐ右に曲がると決してきれいとは言えないトイレがあって。右側の薄青いタイルの張られた個室に駆け込むように入って行った。
逆流する胃液に喉をやられる感触よりも長い間を置かずにやってくる濁流を吐き出すことに精一杯で。
(きっつ……)
便器に浮かぶ吐瀉物に苦笑いを送って、ぶつかり合う水の勢いを見守った。
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