一瞬、何が起きたか分からなかった。
大きな音と、出かかった言葉が、耳に入ってきた。

「お母さん、冷静に聞いてください。」

母の座っていたイスが、転がっている。
看護士が慌てた顔をして、何か言っているようだ。煩わしそうに顔を歪めた男も、口を動かしている。

「……――ときに、頭を打ったという可能性が、」

ふと気づいたときには、声を出していた。

「母さん、」

仕方ないよ。

母は一瞬白眼の比率を高めて、涙腺をゆるめた。壊れたみたいに、閉め方を忘れたみたいに。

「検査したいので、しばらく入院していただきます。」

事務的な声は、母をなぐさめようだなんて一切思っていないことがよく分かった。

「あとで、ちょっといいかな」

それとは違って、向けられた声には何かが潜んでいるように思えた。
不安と、ほんの少しの恐怖。それらを煽るまいと、抑えられているような、そんな。

付加疑問文だ。そう気づいたのは、白衣の背中が遠のく瞬間だった。
看護士たちは母をなだめながらあとを追うように病室を出て、僕は1人になった。
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