ビルの屋上に見えた人影に一瞬ギクリとなり、それでも近づいて判別したその人に、正直驚いた。 彼の管轄は殺人だのの事件であって、畑違いの自分の所に来る機会など、そうそうないと思っていたから。 例えば今夜の予告状が手の込んだ内容で、警部が謎解きに駆り出すくらいならまだ解る。もしくはこの近くでまさに事件が起きているとか。 けれど、今回の予告状は普通に警部でも解けるであろう内容にしておいたし、この近くで事件なんて微塵も起きていない。誉められたことではないが、無線傍受だってしているのだから、事件などがあればすぐに判る。 ともかく、そのどちらでもないとなれば、ますます彼がこの場に居る意味が解らない。 彼ーーー、日本警察の救世主。平成のホームズ。名探偵と名高い工藤新一、その人が。 面白そうだ。 故意か単なる偶然か。 捕まえに来たと言うのなら、駆け引きさえも彼となら普段にない刺激を味わえるだろう。 思い立つまま、当初の予定通りにビルの屋上へと降り立つ。 彼の真後ろへ。 「こんばんは名探偵。この様な場所で貴方にお会いできるとは思いませんでしたよ」 月を背に、逆光で顔を隠して、慇懃に声をかける。 彼は、一度チラリと此方を見て、すぐにまた視線を外した。 どうやら、捕まえに来た、と言うわけではないらしい。 その証拠に、ひどく平淡な声で、あぁ仕事の日だったのかと言われた。 「お仕事、そうですね。そう言う貴方は、こんな場所で何をしてらっしゃるので?」 仕事と称された言葉に一つ頷いて、あくまで慇懃に質問を投げ返す。 詰まらなそうな、表情のない横顔が何か言う前に、ふと異変に気がついた。 何か、、、船漕いでる? 何の前触れもなく、今まで少なからずしていた会話すら無視して、名探偵の頭は揺れていた。 瞼も、とろんとして今にも落ちそうだ。 「あの、名探偵殿?」 恐る恐るかけた言葉に返ってきたのは、ぐらりと傾いだ体。 慌てて倒れそうになる体へと腕を伸ばし、その中におさめた相手からは、スヤスヤとまごう事なき寝息が聞こえてくる。 「……これ、どうしろっての?」 これが奇妙な、戻った名探偵殿との初コンタクト。 ―――――――――― 怪盗とナルコレプシーな探偵。 |