奪われたのはどちらか

※原作S1巻Act02ネタバレ
※原作未読の方はご注意下さい





才蔵に見事逃げられた鎌之介は屋敷へと戻って来ていた。才蔵は忍だけに隠形が上手い。姿を見せるどころか絶対に気配を悟らせない。同じ忍であるアナスタシアや佐助ならば見破れるのかもしれないが、もともと気配を探ったりするのが苦手な鎌之介には才蔵の姿を捉えるのは到底無理だった。

まんまと逃げられてしまったことにぶつくさと文句を言いながらまた昼寝でもしようかと思っていると、ばったりと六助に出くわした。
鎌之介はぱちくりと目を瞬いた後、警戒心を露わにして六郎を上から下までジロジロと観察する。


「小姓……だよな?」
「ええ、そうですよ。七隈だと思いましたか?」


にこりと優しく笑いかけられて鎌之介はそっと胸を撫で下ろす。七隈とかいう六郎そっくりの男は驚くほど冷たい目をしていた。それに対し、目の前にいる六郎は柔らかい視線で鎌之介を見ている。別に七隈を恐れているわけではないが、出会い頭に頬を打たれたのは衝撃だった。

ホッとしたように鎌之介が身体の力を抜いたのを見て、六郎は目を細める。そして左手をそっと鎌之介の右頬に滑らせた。

「……小姓?」
「痛みますか?」


一瞬何を言われたのか分からなくて六郎を見上げると、申し訳なさそうな瞳と視線が合う。そこでようやく先程七隈に打たれた件についての話だということを理解した。


「ああ、あれ。別に大したことねぇよ。ビックリしたけど痛くなかったし」
「赤くはなってないようですね。ですが一応念のため冷やしておきましょう」
「えっ、いいよそんなんめんどくさい。それにだっせぇしさぁ」
「鎌之介」
「………うっ………」


本当に痛みなど感じなかったし面倒だったので断るつもりだったのだが、六郎に名前を呼ばれて言葉を詰まらせる。彼に名前を呼ばれると自然と何も言えなくなる。何というか、威圧感をばしばしと感じるのだ。それは才蔵や幸村たちも同じようだった。

結局断り切れなかった鎌之介は六郎の自室に胡座を掻いて座っていた。そう言えば小姓である彼の部屋に入ったのは初めてかもしれない。物珍しそうに周囲を見回す鎌之介の頬にひやりとした感触が走る。六郎が冷やした布を右頬に押し当てたのだ。


「つめたっ!」
「我慢なさい。少しの間冷やすだけですから」
「むー……」


真正面から布を押し当てられながらも鎌之介は大人しく座っている。存外素直な鎌之介の姿に六郎の口元がついほころぶ。
初めて鎌之介に会った時は危険人物だと思ったが、こうしてみるとなかなか可愛らしい。まるで小動物を相手にしているかのようだ。暇さえあれば動物を愛でている佐助の気持ちが分かったような気がした。

しばらく冷たい布を頬に当ててやっていると、ジッと見つめられていることに気付く。六郎はことりと小首を傾げた。


「どうしました?」
「なんかさぁ」
「?」


大きな瞳に見据えられた六郎は目を瞬く。すると鎌之介はふっと口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「あいつと小姓ってマジで似てるけどさぁ、俺は小姓の方が好きだな」
「……は、」
「小姓の方が生きてるって目してるから、好きだ」


至近距離で、そんな笑顔で。鎌之介のような可愛らしい容貌をした者に好きだなどと言われて胸が高鳴らない筈がない。六郎は不覚にもドキリとした。
何だこの子は。可愛い。佐助が好きだと言うのも根津が迫るのも無理はない。


「全く……貴方という人は」
「?」


無自覚すぎる。きょとんとする鎌之介に思わず笑いが洩れる。この分では佐助たちもさぞかしやきもきさせられていることだろう。
六郎は布を外してそれを脇に追いやり鎌之介へと顔を寄せる。驚いたような顔をする鎌之介に六郎はそっと微笑んだ。


「そういうことは、私にだけ言いなさい」


えっ、と鎌之介が聞き返すと冷やしたせいで感覚があまりない右頬に温かいものが当てられる。それが六郎の唇であることに気付いたのは、彼が自室を去っていった数分後だった。





120217








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