温もりに縋る

※ぐまいさまリクエスト
※「才鎌+all/スパイな鎌之介」
※長いです





ああ、くだらない。鎌之介は上田城内の縁側に胡座を掻いて、庭先を眺めていた。視線の先には才蔵と、彼に絡む伊佐那海の姿があった。


「ねぇ、才蔵! お団子食べに行こうよ!」
「はぁ? お前一人で行けよ、めんどくせー」
「むー! じゃあ〜…、鎌之介! 一緒に行こ?」


才蔵から素早く離れた伊佐那海が鎌之介の元へとやって来る。団子。甘いものは嫌いだが、団子は嫌いじゃない。それに何より、監視対象である伊佐那海からの誘いだ。その時点で、鎌之介に用意された答えはただ一つだった。


「別にいいぜ」
「はっ!?」
「やったぁ〜! 鎌之介とお団子〜!」


嬉しそうに飛び跳ねる伊佐那海の後ろでは才蔵が驚いたように目を見開いていた。鎌之介が伊佐那海の誘いに乗るとは思ってもいなかったのだろう。


「じゃあ早速行こう! バイバイ、才蔵!」
「ま、待て。やっぱ俺も行く」
「あはっ、鎌之介が行くからでしょ?」
「う、うるせぇな! 団子が食べたい気分なんだよ!」


ああ、くだらない。こんな日常は虚偽だ。ただの、偽りの日々だ。嘘に塗れた無益な時間だ。


「ほら、鎌之介。とっとと行くぞ」


手を、差し出される。男らしいごつごつとした、しかしどこかしなやかさのある手。才蔵の、手だ。
差し出された手をじっと見つめた鎌之介は、大人しくその手に自分の手を重ねる。縁側から庭先へと降り立った鎌之介に、才蔵はふっと微笑する。それに鎌之介も同じように、小さく笑い返した。

ああ、何て、くだらない。


********


「さて、情報は?」


開口一番そう問われ、鎌之介は眉を顰める。無駄な時間を省くのは良いが、こうまで露骨にされると多少なりとは気分が害される。
万一のことを考えて木の上に身を潜めている現在の主に、木の幹に凭れた鎌之介は用意していた言葉を伝える。


「何もねー。奇魂は馬鹿おん……伊佐那海にとっての何なのか、まだ分からない」
「………それは本当デスか?」
「は?」
「まさか、あの忍に絆されてなんかいませんよね?」
「……何を馬鹿な。そんなこと、」


あるわけない。そう言おうとした口は不自然に止まる。主の何もかもを見透かしているかのような瞳を見てしまったからだ。頭上にいる主は固まる鎌之介を一瞥し、小さく溜息を吐いた。


「ま、引き続き監視を頼みマスよ」


短くそう言い残し、気配が消える。鎌之介は主を見上げていた顔を正面に戻し、小さく目を伏せる。

鎌之介は間者だった。幼い頃よりずっと間者になるために育てられてきた。今まで裏切ってきた人間の数は知れず、女のようなこの容姿も役に立った。

新しい主から命じられたのは奇妙な力を持つ一人の巫女の監視だった。別段珍しくもない仕事だ。そう、今回も今までとなんら変わりない仕事になるはずだった。

それなのに。


「鎌之介!」
「……才蔵」


情報を得るために近づいたこの男に、いつしか惹かれていた。心中では情報の為だと自分に言い聞かせ、想いを通じ合わせた。情報の為だというのはただの無意味な言い訳に過ぎないのに。自分の気持ちを誤魔化す為の方便に過ぎないのに。


「そんなとこで何やってんだ? 城に帰んぞ、みんな待ってる」


昨日と同じように、手を差し出される。温かい手。初めはくだらないと思っていたその手を恋しく感じるようになったのは、一体いつからだっただろうか。

鎌之介は、温もりを求めるように手を伸ばした。触れた手は、いつもと変わらず温かかった。


********


「もういいデスよ」


主にそう言われたのは、数週間後のことだった。どういうことだと問い詰めれば、情報はもう要らないのだと言う。


「このままでは埒があかないので、別の手段を取ることにしました」
「……俺はお役御免ってことか」
「いいえ? 貴方にはあの邪魔な忍を殺してもらいマス」
「………は、」


一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、主の冷酷な目を見た時、ようやく言葉の意味を把握した。あの忍とは十中八九才蔵のことだろう。つまり、裏切る際に才蔵を殺してこいと言っているのだ。この世で唯一好きになった才蔵を、殺せというのか。全身から血の気が引く。戦いの中に快楽を見いだす鎌之介でさえ、才蔵と刃を交えることに恐怖を感じた。
そんな鎌之介の様子に気づいているのかいないのか、才蔵を殺せと命じた主はにこりと笑った。


「今まで通り、手酷く裏切れば良いんですよ。きちんと忍を殺してから俺のところに帰って来て下さいね」


今まで通り。そうだ。味方だと信じ込ませ、油断したところを襲って何人も殺してきた。何人も、裏切ってきた。裏切り者だと何度となく罵られた。だがそれでも、鎌之介は間者を続けてきた。今回も、同じ終わりを迎えるだけのことだ。だから。


「……分かった」


鎌之介は裏切りへの第一歩を、静かに踏み出した。


********


上田城はいつも平和だ。平和を乱しているのは主に鎌之介なのだが、ここ最近はやけに大人しい。まるで平和な時が今しかないから、その短い時間をできるだけ味わおうとしているかのようだった。


「鎌之介ー、こっちおいでよー」


現在、仮初めの主である幸村と勇士たちは庭先で花見をしていた。桜が満開だとかで幸村が企画したのだ。

伊佐那海が、団子を両手に持ちながら鎌之介を呼ぶ。その隣では弁丸と清海がお茶を入れていた。アナは屋根の上から桜と仲間の姿を見て微笑んでいる。甚八は幸村と同じく縁側に腰を下ろして酒を嗜んでいた。十蔵は桜を眺めてその美しさにいたく感動しており、幸村は楽しそうな勇士たちを柔らかい視線で見守っている。佐助は優しい眼差しで鎌之介を見つめているし、幸村の傍に控えた六郎もまた、鎌之介を見て微笑を浮かべていた。そして。


「鎌之介! 早く来ねーと伊佐那海に団子全部食われんぞ」


才蔵が、鎌之介の傍へとやって来る。輪から外れていた鎌之介の元に来て、輪の中へと引き込んでくれる。温かい手に引かれて、鎌之介は偽りの仲間たちの方へと連れて行かれる。
この温もりを今日、自分の手で無くしてしまうのだ。それを想うと、自然と縋ってしまいそうになる。だが、鎌之介に主を裏切る選択肢など、ない。常に仮初めの味方を裏切る選択肢しか、残されていないのだ。

ああ、ああ、なんて、


********


夜。才蔵の部屋に忍び込んだ鎌之介は、静かに眠る恋人だった男を見下ろした。その瞳には愛しさは微塵もなく、ただ冷酷な色しか見られない。たとえ相手が忍であろうが、何度も床を同じくした間柄である。慣れた気配に油断して、起きることはないだろう。それを見越して関係を持った訳ではなかったが、結果的に役に立ったのだから僥倖だ。


「……………」


眠る才蔵を見下ろす。鎖鎌を持った手が微かに震えていたが、これから見られるであろう鮮血を想像して興奮しているのだと自分に言い聞かせる。そう、この震えは決して恐れなどではないのだと。

鎌之介は手に持った鎖鎌を大きく振りかぶり、寸分も違わず才蔵の首へと振り下ろした。


「―――っ!?」
手に伝わった感触は人の肉を断つ慣れたものではなく、布団を刺した時のような柔らかいものだった。鎖鎌の先を見てみれば、そこに才蔵の姿はない。一体どこへ、と鎌之介が布団から鎖鎌を引き抜いた瞬間、身体を掴まれ布団に組み敷かれた。


「夜這いにしちゃ少し過激だな、おい」


鎌之介の両手首を掴んでいるのは寝ていたはずの才蔵だった。その目は先程まで寝入っていたことが信じられないほどにはっきりと鎌之介を映している。微かな殺気を感じ、一瞬で飛び退いたのだろう。流石は忍といったところか。鎌之介は自分を見下ろす才蔵を無感動な瞳でじっと見据えた。


「で、どういうつもりだ? いつもの襲撃とは……違うだろ?」


それさえも気付いていたらしい。鎌之介は才蔵の有能さに今更ながらに感服した。


「ああ。今までのお遊びとは違う。これは本気の殺し合いだ」
「本気……。鎌之介、お前、まさか、」


ある考えに至ったらしい才蔵は驚愕に目を見開く。その様を間近で目撃した鎌之介は唇を歪め不気味に笑った。


「そう、俺は―――」


拘束されたまま、顔を才蔵に近付ける。咄嗟のことで反応が遅れたらしい才蔵の唇に、鎌之介は自分のものを重ねた。


「―――お前の、敵だよ」


その言葉を口にした瞬間、鎌之介は彼の知る“由利鎌之介”ではなくなった。

布団に抑えつけられた華奢な身体を中心に突風が生まれる。あまりに強烈なその風に、才蔵は拘束を解いて大きく飛び退いた。的確な判断だと鎌之介は冷静に才蔵を評価する。あのままの状態でいたら確実に四肢が吹き飛んでいただろう。

臨戦態勢をとる才蔵を後目に鎌之介は部屋から飛び出し庭先へと下りる。今の攻撃で確実に異変が勇士たちに知られただろう。才蔵一人なら何とかなったかも知れないが、流石に勇士全員を相手取って戦うには分が悪すぎた。敵の力量を推し量るのも実力の内。鎌之介は傲ることなく勇士たちの強さを正直に認めていた。


「才蔵っ!?」
「何の騒ぎだ!?」


伊佐那海を筆頭に勇士たちが二人の元へと駆け寄ってくる。そして、庭先に立つ鎌之介と縁側で摩利包丁を手にする才蔵とを見比べて困惑したような表情を浮かべた。二人が武器を手にして戦うのはもはや日常茶飯事となっていたが、今回は明らかに空気が違った。それは戦いに関して全くの素人である伊佐那海でさえ感じ取れるほどの違和感だった。


「才蔵……? 鎌之介……?」


状況を上手く把握できないのか、酷く戸惑った様子で伊佐那海がゆっくりと近付いてくる。鎌之介の傍に行こうとした伊佐那海に才蔵が「来るな!」と鋭く叫ぶ。真剣味を帯びた声音にびくりと身体を震わせた伊佐那海は、どうして、と小さく呟いた。


「どうして、二人共、そんなに怖いの?」
「……………」
「どうして、鎌之介に近付いちゃ、駄目なの……?」
「それは―――」


思わず口籠もる才蔵に鎌之介は笑った。来るなと伊佐那海に注意した時、才蔵は完全に鎌之介を敵と見なしていた。それなのに、鎌之介が敵であるということを口にするのは憚られるらしい。くだらない。馬鹿みたいだ。それが伊佐那海に対する気遣いなのか、それとも才蔵自身が認めたくないからなのかは知らないが、どちらにせよ鎌之介が取るべき行動は一つしかなかった。


「おい、馬鹿女」
「……鎌之介?」
「お前の作った饅頭、別に嫌いじゃなかったぜ」
「―――え、」
「! 伊佐那海っ!」


鎌之介は言い終わると同時に鎖鎌で巨大な風を巻き起こす。風が伊佐那海を直撃しそうになったが、才蔵が彼女を引き倒して難を逃れる。
その時には、既に鎌之介の姿は消えていた。









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