※翠さまリクエスト
※「半鎌/鎌之介を口説き落とそうとする半蔵」
「鎌之介」
唐突に降ってくる声。やけに心地良く、耳にすんなりと入ってくるそれは鎌之介の頭上から聞こえてくる。
うんざりしながら顔を上げれば、凭れていた木の枝に一人の忍の姿があった。
「…三つ編み」
「半蔵デスよ」
鎌之介独特の呼名を訂正しながら三つ編みの忍―――半蔵は軽やかに地へと降り立つ。着地に失敗しないかと微かに期待していたのだが、忍として優秀すぎるほどの実力を持つ彼がそんな間抜けな失敗をするはずもない。半蔵は木の幹に背を預けて座っている鎌之介の前に立ち、にこりと嬉しそうに笑った。
「俺が何しに来たか分かります?」
「勧誘、だろ」
何を今更。呆れたように半蔵を見れば彼は更に笑みを深めて小さく頷いた。
「いい加減才蔵なんて捨てて俺の元に来ませんか?」
「はっ、断る」
敵方である半蔵はよくこうして鎌之介の元を訪れていた。理由は勧誘と言っているが、半蔵の狙いは鎌之介が自分だけのものになることだった。
才蔵たちの目を盗んでは鎌之介の目の前に現れて「俺のものになって下さい」と本気なのか冗談なのかいまいち分からない口調で静かに笑うのだ。
鎌之介は才蔵以外に興味はなく、何度もその誘いを断っているのだが、それでも半蔵は考えの読めない笑みを浮かべて口説きに来ていた。
「後悔はさせませんよ?」
「別にどうでもいーよ、そんなもん」
鎌之介には半蔵の考えが分からなかった。どうして自分なんかに構うのか。半蔵の狙いは伊佐那海の筈だ。自分なんかを手に入れたところで何か得をするとも思えない。
そう告げると、半蔵は何度か目を瞬いた後、小さく溜息を吐いた。
「何だよ、その溜息は」
「いやぁ、馬鹿だなぁと」
「はぁ!?」
突然溜息を吐かれた上に馬鹿と言われて鎌之介は眉を吊り上げる。誰が馬鹿だ!と怒鳴ってやろうと開いた口を、半蔵の細くしなやかな指が軽く押さえる。その行為に威勢を殺がれた鎌之介が押し黙ると、まるで内緒話でもするかのように半蔵は顔を近づけ囁くように言葉を紡いだ。
「俺はただ、鎌之介という存在が欲しいんデスよ」
唇に触れる半蔵の指が、ゆっくりとそこをなぞる。たったそれだけなのに、ゾクゾクと身体の奥がざわめき微かな熱が顔にともる。こんな気持ちになったのは才蔵と初めてヤり合った時以来だった。
「存、在……?」
「ええ。……そうデスね、簡単に言ってしまうと―――……」
唇に触れていた指を顎へと移動させて、軽く持ち上げる。自然と鎌之介の顔は上がり、半蔵と見つめ合うような形となる。
一体何を。行動の意味を尋ねるよりも早く、半蔵の唇が鎌之介のそれと重なった。
強引にではなく、あくまで自然に。柔らかく、優しく与えられたそれは時間が経つにつれて深いものとなっていく。
「…ん、っ」
抵抗しようと伸ばした手は、半蔵によって拘束される。両手首を木の幹に縫い付けられ、身動きが取れなくなる。その間も半蔵による口付けは続いていた。
甘い。鎌之介は途切れそうになる意識を必死に保ちながらそう感じた。甘いものは嫌いなのに。それなのに、半蔵から与えられるこれは何故か嫌いではなかった。
唇が合わさってから一体どれほどの時間が経過したのだろうか。その答えは分からなかったが、ゆっくりと離れていく半蔵を見て、行かないで欲しいと思う。
もっとあの甘さを味わいたい。そう願っている自分に気づき、鎌之介は驚いた。この気持ちは、何なのだろう。
「……そろそろ誰かが来そうデスね」
両手首の拘束を解き、半蔵は鎌之介の前から立ち上がる。深く激しい口付けの後で微かに息を切らす鎌之介を優しい眼差しで見下ろして、半蔵はふっと微笑んだ。
「また来ます。貴方を俺だけのものにするために」
そう言い残し、彼は去っていった。何の気配も痕跡も残さず、風のように消えてしまった。それが少し、ほんの少しだけ、寂しい。まるで初めから半蔵という存在がいなかったようで、不安になる。
だが、鎌之介の身体にくすぶる熱は確かに半蔵が与えたものだった。
半蔵が触れていた唇を指先で軽くなぞりながら、目を伏せる。
「……馬鹿はどっちだよ」
もう自分は、とっくの昔にお前だけのものなのに。
口には出さず、心中で呟く。
微かに残る彼の温もりを忘れぬように自分の身体を抱き締めて、鎌之介は目を閉じた。
120606
翠さま、リクエストありがとうございました!
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