追うものおらず

※黎人さまリクエスト
※「才鎌で風邪引いてるのに気付かない鎌之介」






幸村お勧めの秘湯に小旅行に行った翌日。
才蔵は上田城の屋根の上で昼寝をしていた。上田城といっても勇士たちに振り当てられた部屋の屋根だ。特別誰かに気を使う必要はない。才蔵はろくに気配も消さず屋根に寝転んでいた。

平和だった。暖かい陽気、小鳥のさえずり、肌を撫でる爽やかな風。久々に感じることのできた平和を。


「才蔵! ヤろうぜ!」


お馴染みの声がぶち壊した。
平和が崩れていく音と鎌が振り下ろされる音が同時にする。才蔵は心中で深い溜息を吐き、その場から飛び退いた。

振り下ろされた鎌は才蔵が寝転がっていた場所に深々と突き刺さり瓦を破壊する。これは後で確実に六郎に叱られるだろう。とばっちりを受ける自分が目に見えるようだ。才蔵は痛む頭を押さえたくなった。


「鎌之介! お前まじでいい加減にしろよ!」
「うるせぇ! お前は俺がぶっ殺す!」
「またそれかよ! ったく……」


才蔵の平和をぶち壊した鎌之介は屋根の上に仁王立ちして鎌を握り締めている。ヤる気満々の鎌之介を相手にする気はない。才蔵はさっさとその場から逃げ出すことにした。


「一人でやってろ!」
「あっ、待ちやがれっ!」


素早く身を翻し、近くの山にでも隠れていようと才蔵は屋根から消え去ろうとする。当然鎌之介はその後を追おうとする。だがその身体が大きく揺らいだのを才蔵は視界の端で捉えた。


「あれ……っ?」
「! 鎌之介!」


鎌之介の身体が傾き屋根から落ちる。驚いたような鎌之介の表情に才蔵は逃げることなどすっかり忘れて手を伸ばす。才蔵の手は鎌之介の手首を掴んだが、落ちていく身体を引き上げるのは無理だった。


「うお……!」


才蔵まで身体のバランスを崩し、鎌之介と一緒に落下する。自分一人なら受け身を取れるが、いまは鎌之介がいる。才蔵は小さく舌打ちして鎌之介を自分の胸に抱き込み衝撃に備えた。

ドシンと大きな音を立てて二人は地面に落ちた。随分間抜けな音がしたなぁと思いつつ才蔵は身体を起こす。地面にぶつかる瞬間、自分が下になるように身体の向きを変えたので背中が痛い。
変なことになったなと才蔵は嘆息し、自分の腕の中に大人しく収まっている鎌之介を見下ろす。


「おい、鎌之介。大丈夫か?」
「んー……だいじょうぶ……」
「ってお前、何か顔赤くね? っていうか身体熱くね!?」


怪我してないか確認しようとしたら鎌之介の顔が赤いことに気付いた。赤い頬に触れれば身体が熱いことにも気付く。慌てて鎌之介の顔を覗き込めば、翡翠の瞳は潤んで焦点が合っていなかった。


「お前、風邪引いてんじゃねぇのか!?」
「かぜぇ? んなもん引いてないっつーの……」
「嘘吐け! ……ああほら額熱いぞ!」


風邪を引いてないと主張する鎌之介の額に手を遣ればかなり高熱であることが分かる。確実に昨日温泉ではなく川に入ったことが原因だろう。
才蔵はくたりと自分に身体を預ける鎌之介を抱き上げる。ついさっきまで暴れようとしていた人物とは思えないほどに大人しい。それが鎌之介の具合の悪さを才蔵に伝えていた。


「はぁ……ったく心配するだろーが……」


自室に鎌之介を運びながら、才蔵は先程の光景を思い出していた。鎌之介が屋根から落ちそうになった時、心臓が止まるかと思った。幸い鎌之介に怪我はなかったが、もし自分が居なければと想像すると肝が冷える。

今日、今までに何度か鎌之介とは会っていた。何故その時に鎌之介の容態に気付いてやれなかったのか。いまさら後悔しても遅いのだが、そう思わずにはいられない。

自室に戻る途中で出会った伊佐那海に看病道具を持ってくるように頼んで、才蔵は敷いてあった布団の上に鎌之介を横たわらせる。


「おい、大丈夫か?」
「何か……頭いたい……」
「そうだろうな」
「さいぞー、ヤろうぜー」
「あほ。大人しく寝とけ」
「むー……」


起き上がろうとする鎌之介の額を軽く押して布団に沈める。この様子では才蔵が何処かに行けば体調など気にせず才蔵を探しに来るだろう。自分が面倒を看てやらないと駄目なようだ。
才蔵は久々の休みが無くなることに溜息を吐きたくなったが、鎌之介の看病をすることを嫌だとは思わなかった。むしろ弱ったせいで普段よりも二割増で可愛くなった鎌之介をこんなに近くで拝めるなど役得以外の何物でもない。

やっと眠った鎌之介の額に唇を落とし、たまにはこんな日があってもいいかと才蔵は微かに微笑んだ。





120216



黎人さま、リクエストありがとうございました!






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