一匙分の未練

※大学生パロ
※才蔵が若干空気




最悪だ。鎌之介は目の前に現れた人物を見て顔を歪める。
すると、目の前の人物は自慢の三つ編みを軽く揺らしてニコッと嫌味なほど清々しく笑ってみせた。


「鎌之介! 会いたかったんデスよ」


俺は会いたくなかった。声にはそう出さず、鎌之介は肩を小さく落とした。


********


「で、どういう状況だこれは」


とあるファミレスの一角に不機嫌な顔をした才蔵が腰を下ろしていた。その隣には気まずそうに肩を竦める鎌之介が座っている。

若干温くなってきたコーヒーに手をつける様子もなく、才蔵は向かい側の席に座る男を睨み付ける。睨み付けられた男―――半蔵は豪華な盛り付けが施されたパフェを美味そうに食べていた。


「何で鎌之介の元彼が今更ノコノコ出てくんだよ!?」
「んー?」


店内であることを考慮してか押し殺した声で問い詰める才蔵。しかし元彼である半蔵はテーブルに片手で頬杖をつきながら怠そうにさくらんぼを食べている。
その態度に才蔵がキレる寸前、さくらんぼを食べ終えた半蔵がニコリと笑って二人を見た。


「鎌之介がまた欲しくなったからデスよ」
「はぁ!?」


ふざけているとしか思えない返答に才蔵が眉を顰める。久々に会っても全く変わらない半蔵に、鎌之介は痛む頭を抱えて溜息を吐いた。


「半蔵。悪いけど俺はお前とはもう付き合わないって決めたんだよ」
「? 何故デス?」
「何故って………」


進まない話に鎌之介は苛立ちさえ忘れて呆れ返る。


「お前の度重なる浮気が原因だろーが!」


約一年前。当時半蔵と付き合っていた鎌之介は彼の浮気に悩まされていた。大学の先輩だった半蔵は同回生の女性たちと度々浮気をしていた。
半蔵は元々一つのものに長く興味を持てない性格で、鎌之介とずっと付き合っていたこと自体が彼にとっては奇跡だったのだが、鎌之介からすればそんなものは知ったことではない。鎌之介だって嫉妬くらいする。浮気はどんな理由があろうとも浮気なのだ。

いくら言っても浮気を止めなかった半蔵についに愛想を尽かした日から一年後。まさかまたこうして半蔵と話をすることになろうとは。同じ大学に通っているのだから顔はたまに見かけるが、半蔵は一年上なので関わることはないだろうと思っていたのに。


「浮気したのは、鎌之介に嫉妬して欲しかったからデスよ」
「はぁ……?」
「ちょっとやりすぎちゃいました」
「……………」


才蔵と鎌之介は口には出さないものの全く同じ表情を浮かべる。頭の中に浮かんだ言葉も恐らくは同じだろう。つまり。


(コイツ馬鹿だろ……)


嫉妬心を煽るために浮気をして、それが原因で破局したなんて馬鹿すぎる。頭は大学内で一番良いくせに、こういうところでどこか抜けている。多分、鎌之介は半蔵のそんなところが好きだったのだと思う。当然今は才蔵のことしか愛していないのだが。


「……そっちの彼が新しい彼氏デスか?」
「………そうだけど」
「ふぅん」


頬杖を止め、パフェに柄の長いスプーンをブスブスと突き刺しながら半蔵は才蔵を不遠慮にじろじろと眺め回す。その視線に思わず身を引けば、半蔵は口の端をニィッと吊り上げた。


「君、名前は?」
「は…? ……霧隠才蔵、だけど」
「じゃあ才蔵。アナタ鎌之介とヤりました?」
「ぶふっ」


気を落ち着けようと口に含んだコーヒーを見事に噴き出す才蔵。許可も出していないのに下の名前で呼ばれたことに文句を言う余裕もなかった。
ゲホゲホと激しくむせかえる才蔵とその背中を撫でてあげている鎌之介を交互に見る半蔵の目に浮かんでいるのは単なる好奇心のようにも意地悪な感情のようにも思える。


「き、急に何言って、」
「ただの興味デスよ。……その様子を見る限り、まだみたいデスねー」


溶けかかった生クリームとドロドロのチョコレートソースをぐちゃぐちゃとスプーンでかき混ぜながら半蔵は尚も笑う。


「じゃあ、鎌之介のイイトコロも知らない訳デスか」
「んな、お前っ、」
「特別に教えてあげマス。鎌之介は焦らせば焦らすほど身体の―――」
「ぎゃあああ! ばかっ、やめろっ!」


ピンっと人差し指を立ててこの場で語るには不健全すぎる内容を零す半蔵の口を鎌之介が両手で押さえる。向かいの席から身を乗り出している鎌之介の顔は真っ赤に染まっていた。

才蔵は才蔵で、自分の知らない鎌之介を知っている半蔵に狂おしいほどの嫉妬を感じていた。その嫉妬心を理解して半蔵も先の話題を出したのだろう。当然半蔵の思惑には才蔵自身も気付いていた。思惑に気付いた瞬間、才蔵の中で半蔵は完全に一番嫌いな人間となった。


「鎌之介」


口を押さえる鎌之介の両手首を半蔵は優しく掴み、そっと外させる。鎌之介は席から立ち上がっているため、半蔵の顔はいつもより下の位置にあった。
切れ長の瞳が鎌之介を下から見つめ、きつい印象を与えるそれがふっと柔らかく細められる。何度となく向けられた、愛しい存在を見る温かな視線。既に想いなど断ち切ったと思っていたのに、そんな優しい表情を向けられると勝手に体温が上がってしまう。

ぽわりと赤面する鎌之介をしっかりと見据えたまま、半蔵は微笑む。鎌之介の白い手を優しく握り締めて、半蔵は小さく、愛おしそうに唇を動かした。


「鎌之介……。私のところに戻ってきてくれませんか…?」
「あ……っ」


指先に小さく口付けられ、鎌之介は完全に動けなくなる。いつもこうだ。半蔵にキスをされると、もうそれ以上何も考えられなくなる。自信に満ちた顔ではなく、心底から鎌之介がいなければ駄目なのだという表情を浮かべる半蔵に鎌之介の心がぐらつく。

半蔵の視線の強さに思わず惹かれそうになった時、身体がぐいっと横へと引き寄せられる。握られていた手は自然と半蔵の手の内から離れていった。


「ふざけんな」
「才、蔵……?」
「コイツはもう俺のなんだよ。諦めろ」


才蔵は鎌之介の腰に腕を回して恋人の華奢な身体を自分の元へと引き寄せていた。その瞳は向かいの席に座る半蔵を鋭く射抜いている。

鎌之介を奪われたような格好になった半蔵は、しばらくの間ぱちぱちと目を瞬いた後、ふぅんと小さく呟いた。そしておもむろに席を立ち、そのままファミレスを出て行こうとする。

その反応に一番驚いたのは威嚇した才蔵本人で、若干戸惑ったような表情を浮かべている。すると、出入り口付近まで進んでいた半蔵が唐突に二人の方を振り向き、楽しそうに目を細めた。


「今日のところは帰りマス。バイトがありますから。でも、また会いにきマスよ。―――もちろん、鎌之介にね」


あ、残りのパフェ食べてもいいデスよ。そう言い残してファミレスを出て行った半蔵を見送った才蔵は呆然としたように席に座っていたが、テーブルの上に残された領収書を見て「ああっ!」と声を上げる。


「あ、あの野郎! パフェ代払っていかなかったぞ! ……はぁ!? パフェ千円!? アホか! ていうかパフェ殆ど残ってねーし、溶けてるし!」


領収書を見ながら半蔵へと悪態を吐く才蔵の隣では鎌之介が残されたパフェをちまちまと食べている。スプーンの柄には少しだけ半蔵の体温が残っている。その温もりに少しだけ、本当に少しだけ、胸が弾んだ。

残されたパフェはアイスが溶け、チョコレートも溶け、生クリームも溶けている。しかも若干温い。お世辞にも美味しいとは言えなかったが、鎌之介はゆっくりと、惜しむかのようにパフェを食べた。

それが半蔵との繋がりを求める行為だとは知らず、最後まで、ずっと。


120525



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