溶ける幻影

※優さまリクエスト
※「才♀鎌/鎌之介がアマテラス設定/狙われているのをみんなに隠してたけど1人になったところを襲われて才蔵が助けにくる」
※鎌之介の過去を捏造しています





神などいない。いつか口にしたその言葉は、自分に向けて言っていたのだと気付いていた。神など、いない。それは、自分がそうであることを望んでいるだけ。神という存在が、嫌いで憎くて、恐ろしかった。


********


伊佐那海は、イザナミノミコトという神らしい。普通の人間ならばそんなものはただの幻想にすぎず、冗談だと笑い飛ばすだろう。だが、鎌之介は伊佐那海が神であると分かっていた。否、分かっていたというよりは感じていたという方が正しい。伊佐那海の内に眠る不可視の力が、鎌之介には見えた。それがどんな力であるかまでは分からなかったが、人ならざる力であることは容易に知れた。

鎌之介もまた、神の一柱であるからだ。

アマテラス。太陽神とも呼ばれる女神。その存在は一部の人間にしか知られていない。あくまで伝承の中に存在するとされる神だった。そのアマテラスこそが、鎌之介であった。


「くそ………っ」


鎌之介は刺青の入った左目を片手で押さえ、小さく悪態を吐く。朝から左目が疼いて仕方がなかった。こういう事は今までに何度もあった。鎌之介の内に眠るアマテラスの力のせいだ。アマテラスはイザナギノミコトがイサナミノミコトの居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを洗い流した際、左目を洗ったときに生まれ落ちた神だ。その因果関係のせいかどうかは知らないが、左目が燃える様に痛みと熱を発することがままあった。

こういう状態に陥った時、鎌之介は上田城から抜け出して近くの森に隠れることが多かった。才蔵や勇士たちには知られたくなかったからだ。左目が痛むと言えば確実に痛みの原因を追及される。口が上手くない鎌之介は勘の鋭い才蔵や六郎を騙しきれる自信がなかった。

自分が神であることは、誰にも知られたくなかった。勇士たちはもちろん、才蔵にも。

とても幼い頃、自分が神であると知った途端にその力を我が物にしようと大人たちが手を伸ばしてきた。独占しようと他者を殺し、鎌之介を捕えて監禁し、逃げればまた大群を為して追い掛けてくる。神という存在を憎む者は鎌之介を穢すことにより憂さ晴らしをしようとした。自分が神であるから、たくさんの人が死に、血が流れ、争いが起きた。当時幼い少女であった鎌之介には、その光景はまさに地獄のように思えた。


「い、たい……」


じくじくと眼球が痛む。今日はいつもより一段と痛みが強い。

才蔵や幸村達は自分が神だと知っても変わらず接してくれるだろう。それは伊佐那海を見ていれば分かる。何も隠す必要なはいのだ。だがそれでも、鎌之介は自分が神であることをひた隠しにしていた。自分が神であることが知れれば、才蔵たちに災いが起きるかもしれないと考えたからだ。―――それこそ、昔のように。

山賊になったのは、自分の正体を上手く隠せるからだった。アマテラスは女。鎌之介を手に入れようとする者はまずその情報を最優先に探すはずだ。まさか女とは縁遠い山賊などやっているとは想像もしないだろう。それに鎌之介は自分が女であることを隠している。尚のこと、鎌之介が見つかる可能性は低くなった。事実、この年になるまで一度たりとも見つかっていないのだ。自分が女であることは才蔵や勇士たちには不慮の事故があり知られてしまったが、彼らとてわざわざ言いふらすような真似はしないだろう。


出来ればこのままずっと、平穏な時を過ごしていたかった。自分が神であることを誰にも知られずに、ただ、才蔵と共に居られればそれでよかった。才蔵が、自分の傍にいてくれれば、それで。他には何も、いらなかった。


森の奥深くまで来た所で鎌之介は木の幹に背を預けてずるずるとその場に座り込む。痛みは未だに納まらない。神の力が、鎌之介の体内を荒れ狂っている。ここまで痛みが酷いことは今まで一度もなかった。普段とは、何かが違う。鎌之介は左目を押さえる手に力を込めて、詰めていた息を吐く。

その時、森の空気が変わった。


「―――!?」


閉じていた目を見開き、鎌之介はその場から飛び退く。すると、先程までいた場所に小刀が深々と突き刺さっていた。少しでも反応が遅れていれば確実に傷を負っていただろう。地に両足を着けた鎌之介はバッと小刀が飛んできた方向に視線を向ける。すると、ぞろぞろと複数の人影が木々の間から姿を現した。


「見つけたぞ。アマテラスオオミカミ」
「お前、は………」


集団の戦闘に立ち、鎌之介を鋭い瞳で見据えてくる男は歓喜することもなくただ淡々と言葉を紡いだ。その顔に、鎌之介は見覚えがあった。記憶にあるよりは随分と年をとっているが、間違いない。幼少期、執拗に鎌之介を狙ってきた男だった。

幼い頃に男に受けた暴行の数々を思い出した鎌之介は微かに身体を震わせる。だが、怯えの色は決して見せることはしなかった。気丈に男を睨みつけ、左目から手を離してゆっくりと立ちあがる。


「あの餓鬼がここまで綺麗になるとはな。月日の流れとは恐ろしいものだ」
「……そういうテメェはかなり老けたな、オッサン」
「………言葉遣いは随分悪くなったようだな」


顔も身体も最高なのに、残念だ。そう零す男の背後から複数の男達が鎌之介との距離を詰めるようにして数歩前進する。みな手に武器を持ち、鎌之介をじろじろと不躾に眺め回す。神という存在が珍しいのか、鎌之介の見目の良さに惑わされているのか。どちらかは知らないが、鎌之介を捕えに来たのであろうことだけはすぐに分かった。


「どうしてここが分かった?」
「赤髪、左目の刺青、性別はさておき…そんな目立つ容姿をしている人間はそうおらん。大人しく山賊でもやっていれば目立たなかっただろうに…まさか真田なんぞに仕えているとは。どういう風の吹きまわしなんだか、理解に苦しむな」
「……………」


この男が鎌之介の存在を見つけられたのは、町人から得た情報のようだった。男の言うとおり、山賊をしていれば見つかることはなかっただろう。だが、才蔵に魅せられて彼についてきてしまったが故に、自分の存在を広く知られてしまうようになってしまった。才蔵についてきたことを後悔はしていないが、それが原因で現在の状態を招いてしまっていることに唇を噛む。


「お前みたいな災厄の塊を欲するとは、真田も物好きなものだ。女神というだけあって、お前は見目が良いしな。身体でも使って取り入ったか?」
「げっ……気色悪いこと言うんじゃねーよ!」


痛む左目を無視して鎌之介は鎖鎌を取り出す。幸村を侮辱されたことには特に何も感じないが、自分の身体がどうこう言われるのには嫌悪感が湧いてくる。もしこの男達の存在が知られれば、自分が神であることが才蔵たちに知られてしまう。それだけは嫌だ。鎌之介はここで確実に男達を仕留めようと鎖鎌を振るおうとする。しかしその時、左目に今までにない激痛が走った。


「………っ!?」


声は辛うじて上げなかったが、痛みに耐えきれずに思わずその場に蹲る。鎖鎌は手から滑り落ち、足元に転がった。左目を押さえれば痛みは少し和らいだが、それでも立ち上がれないほどの激痛が左目を刺激する。額に浮かぶ汗が頬を伝い、地に落ちる。鎖鎌を掴もうとするが、痛みがあまりに酷くて手に力が入らなかった。


「……? どうやら、調子が悪いようだな。まぁいい、捕えろ。……殺すなよ」


男はその場から動かず、部下らしき男達が鎌之介へと近づいてくる。動きを封じようと伸びてくる手が、昔に伸ばされた薄汚い大人たちの手と、被って見えた。


「ざ、けんな……!」


痛みを飲み込み、立ち上がり様に目の前の男の腹を蹴り飛ばす。思わぬ反撃に男が怯んだ隙をついて距離を取ろうとするが、また痛みが強くなり一瞬動きが鈍る。その隙を男達は逃さずに鎌之介の身体を地に押しつけた。


「………っ」


複数の男達に頭や腕や足を掴まれ、捕えられる。何とか抵抗しようとするが、女である鎌之介が男達の腕力に適うはずもなく、それは無駄な徒労に終わる。思わず舌打ちを零す鎌之介を、いつの間にか傍に来ていた男がじっと見下ろしていた。

まるで幼い頃の再現だとぼんやりと思う。あの時も、この男は自分を冷めた目で見下ろしていた。大人たちに地に捩じ伏せられて、恐怖から身体を震わせる幼い自分を、じっと。

結局自分は昔と同じなのだろうか。才蔵と出会ってから、たくさんのものを貰った。それは誰かを想う心であったり、何かを愛おしく想う気持ちであったりと、本当に様々なものを才蔵は自分に与えてくれた。そして何より、誰かに無条件で愛されることの幸せも、彼は鎌之介にくれた。巨万の富を齎す神である自分を愛してくれる人はいた。けれど、それは鎌之介の中に眠る神の力が目的だったからだ。鎌之介自身を愛してくれたのは、才蔵だけだった。それがどれほど嬉しくて、幸せに感じることができたのか、きっと才蔵は知らないだろう。


「さぁ、行くぞ。お前を存分に使い潰してやる」


神としての力を利用し尽くしてやる。男の言葉が、鎌之介の細い身体を震わせる。一生、それこそ死ぬまでこの男の好きなように使われるのだ。そんなことには耐えられない。自分の死に場所は、才蔵の傍だと心に決めていたからだ。

男の手が、鎌之介へと伸びる。昔のように。眼前に迫る節くれ立った手を見つめる翡翠の瞳から、涙が零れ落ちる。


「さい、ぞ……っ!」


小さく叫んだ名前は、鎌之介にとっての神のような存在であった。男は気にした様子も見せず、鎌之介に触れようとする。だがそれは、突如現れた人物によって阻まれた。


「何してやがる!」
「!?」


男は素早い動作で鎌之介から離れた。しかし鎌之介を押さえつけていた男達は一瞬反応が遅れる。その一瞬が命取りだった。男達は横薙ぎに振られた忍刀によって絶命した。


「鎌之介!」
「才、蔵……?」


自由になった身体を起こせば、頬に温かい手が触れる。先程の男達とは違う、優しい手。才蔵の手だった。

才蔵は鎌之介の頬に残る涙を指先で拭ってから、少女を守るようにして立ち上がった。その手には摩利包丁が握られている。一人生き残った男を見据える才蔵の目は、怒りで燃えていた。


「女相手にこの人数かよ。呆れたな」
「ソイツは化物だからな。用心に越したことはない」
「化物……?」


その言葉に背後にいた鎌之介がびくりと震えたのを背中で感じた才蔵は、訝しげに男を見つめる。すると、男は器用に片眉をはね上げ目を細めた。


「知らないで一緒にいたのか?それこそ呆れたな」
「? 何を言ってやがる」
「その女は太陽神・アマテラスオオミカミ。神の力を持つソイツを手に入れるために数多くの人間が死んだ。ほら、今もお前に斬られて人が死んだだろう」
「アマ、テラス……?」


男の台詞に才蔵の瞳が見開かれる。伊佐那海の正体を聞いた時と同等、いや、それ以上の衝撃が彼を襲う。鎌之介が、神。太陽神。アマテラス。突然そのような話をされても信じられない。だが、鎌之介の怯えた様子が、何よりもその言葉が真実であると裏付けていた。


「鎌之介、が………」


ああ、知られてしまった。鎌之介はぎゅっと目を瞑る。絶対に知られたくなかった相手に知られてしまった。嫌われてしまったらどうしよう。そんな嫌な考えばかりが頭の中を駆け巡る。左目の痛みは、才蔵に触れられた時から自然と消えていた。その左目から、一筋の涙が流れた時、才蔵の口が開かれた。


「だから?」
「………え、」


鎌之介は才蔵を見上げる。彼は鎌之介に背中を向けたまま、男をじっと見据えていた。


「鎌之介が神だから何だってんだ? こいつが神だとか神じゃないだとか、そんなもんどーでもいいんだよ。俺にとってのこいつはただの鎌之介だ。化物だ? ハッ、上等。それぐらいのもんがなきゃつまんねーだろ?」


才蔵の言葉は、鎌之介の心を晴らしていった。彼に嫌われるかもしれないなどという浅はかな考えを持った自分が恥ずかしかった。自分が好きになった彼は、そんな小さな男ではなかったというのに。

男はつまらないものでも見るかのように才蔵を睥睨した。


「成程。お前はソイツに惚れているのか。だが、ソイツの力は俺のものだ!」


太陽神・アマテラスオオミカミの力は男の人生を惑わせるほどに大きなものだったのだろう。男は刀を手に持ち、才蔵に襲い掛かる。あの男はおそらく襲撃を仕掛けてきた者の中で一番の強さを誇っていたのだろう。動きの一つ一つに隙がなく、何度も修羅場を潜り抜けてきた自信が動作に表れていた。だが。


「うっせーんだよ、クズが!」


鎌之介を人として扱わずに侮辱した男に怒り狂っていた才蔵に適うはずもなかった。男の刀は一瞬で折られ、その胴体は摩利包丁で切り裂かれた。本当に呆気ない、下らない終わりであった。


事切れた男に背を向け、才蔵は鎌之介を振り返る。鎌之介は驚いたように目を丸くし、才蔵を見つめていた。


「さい、ぞ………?」
「こんっの、馬鹿!」
「ひぇっ!」


ポカリと脳天を拳で叩かれ、鎌之介は頭を押さえる。それなりの力で叩かれたので、なかなか痛い。何するんだと涙目になりながら才蔵を見上げると、彼はぎゅっと眉間に皺を寄せていた。


「何で自分がアマテラスだって俺に言わなかった」
「それ、は………。嫌われたく、なかった、から」


多分殴られるだろうなと思いながら呟くと、予想通りまた頭を殴られた。先程より強かった。


「アホか! そんなくだらないことで嫌いになんかなるか! なめてんのか! つーか狙われてんのが分かってるくせに一人でホイホイ出かけるんじゃねーよ!」
「だって、今までだって一人でなんとかなってたし…!」
「今は一人じゃねぇだろ!」
「………!」

確かに、今の鎌之介は一人ではない。才蔵だけでなく、上田のみんながいる。頼れる仲間が、いる。


「……ごめん、なさい」
「分かればよろしい」


芝居がかった声で言われ、思わず噴き出すと才蔵も同じように笑った。殴られた箇所を才蔵の手が優しく撫でてくる。その手の温かさに目を細める。神である自分がこんな幸せを感じることができるなんて、幼い頃は思ってもいなかった。


「安心しろ。これからは俺が守ってやる」
「………うん」


抱き締められ、耳元で囁かれた優しい言葉に鎌之介は目を閉じる。才蔵に触れていると、左目の痛みが消える。そして何より、幸福を感じられる。彼に愛されているのだと、身を持って知ることが出来る。願わくば、ずっとこのままでいたかった。


もう、不安はない。恐れもない。神などいないと自分に言い聞かせることもない。彼が―――才蔵が、自分を守ってくれるから。だから。

鎌之介は神である自分が少しだけ、好きになれた。


120506
優さま、リクエスト有難うございました!



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