甘い御伽噺

※サクさまリクエスト
※「才鎌の学パロで白雪姫の劇」




文化祭とはどの学校においても学生達が最高に盛り上がる行事の一つだ。

文化祭の出し物は展示、演劇、模擬店など各クラスごとに違った出し物となっている。どの年も一番人気は食べ物を販売する模擬店なのだが、その分競争率が高く希望しても抽選やじゃんけんで模擬店をやるクラスを決定する。

じゃんけんに負けたクラスは模擬店以外―――演劇などに希望を変えることが多かった。


********


「……という訳で伊佐那海が見事にチョキで敗北してきたので我がクラスの出し物は演劇になった」


クラス担任の筧十蔵から伝えられた内容に生徒たちは、ああやっぱりとうなだれる。考えの読みやすい伊佐那海がじゃんけんをすると聞いた時からこうなるだろうことは予想していた。

十蔵の隣で舌を軽く出して頭を掻く伊佐那海は落胆するクラスメートたちを励ますように声を明るくさせた。


「ほんとにごめんなさい! でも私ちゃんと次の出し物を何やるか考えてきたから!」


そう言って伊佐那海はチョークを手に取り黒板にクラスの出し物をガリガリと書き出した。黒板に書かれた出し物は―――。


「白雪姫?」
「そう! 第二希望だった演劇で白雪姫やることにしたの」


何で白雪姫?と頭を捻るクラスメートたちに伊佐那海は底抜けに明るい笑顔で振り返る。


「私が一番好きな童話なんだよね!」


結局のところ理由はそれだけらしい。クラスメートたちは反論する気も起きず、ただ頷く。白雪姫の演劇だって別に悪くはない。それにもう決まったことなのだ。反論したって時間の無駄だ。


「きっと喧嘩になるだろうから配役も決めてきたよー」


伊佐那海は再び黒板に向き直り配役を書き連ねていく。その様子を才蔵は頬杖をついて眺めていた。特別演劇に興味はないし、勝手にしてくれといった心境だった。それは多分才蔵の隣の席で机に突っ伏すようにして寝ている鎌之介も同じだろう。

クラス会議が始まった途端、一言「眠い」と呟き寝始めた鎌之介の寝顔は才蔵のタオルによって見事に隠されている。鎌之介の寝顔をクラスメートたちに見せてやるつもりはなかった。これは、才蔵のささやかな独占欲の現れだ。鎌之介の寝顔を見れるのは俺だけだという、主張。

クラスメートたちは黒板を興味津々といった様子で見つめている。きっと自分も鎌之介も裏方なのだろうと伊佐那海が書いた配役を何気なく見た。そして目を疑った。見間違いかと思い指先で目を擦り再度黒板を見る。それでも配役の名前は変わらなかった。


「王子は才蔵、白雪姫は鎌之介だから、よろしくっ!」
「はぁぁぁぁ!?」


伊佐那海にそう指名された才蔵は椅子から立ち上がる。勝手に決められた配役に納得がいかなかった。


「何で俺が王子なんだよ!?」
「だって才蔵イケメンじゃない。私の王子様のイメージにぴったりだもん」
「お前のイメージなんか知るかっ。つーか何で鎌之介が白雪姫なんだよ! 普通女子がやるだろ!?」
「鎌之介以上に可愛い子なんかいないもん」


腰に手を当ててきっぱりと言い切る伊佐那海の言葉にクラスメートたちはうんうんと頷く。才蔵がイケメンであることには女子が、鎌之介が可愛いことには男子が深く首を縦に振っていた。


「確かに霧隠くんなら王子様役似合うよね〜」
「由利が白雪姫って…ハマり役すぎて異論ねーわ」
「もうこれでよくない?」
「いいよな。俺はさんせー」
「ちょ、待てお前ら!」


妙な団結力を見せるクラスメートたちに才蔵は焦る。この流れは確実にやらされる。やばい。まずい。


「おい伊佐那海! 俺はともかく鎌之介に芝居が出来ると思ってんのか!?」
「まさかぁ。鎌之介はほら、女装してるだけで客が来るから」
「ふざけんな! アイツの女装姿なんか他の奴らに見せられるか! 配役変えろ!」


ただでさえ女と間違われるような顔立ちをしている鎌之介が女装などしたら一体どうなることか。確実に鎌之介を女だと勘違いして告白してくる男達が出現する。鎌之介と恋人同士である才蔵にとってそんなことは許せない。

だが伊佐那海は強かった。小さい胸を目一杯反らして才蔵を鼻で笑う。


「鎌之介以外の白雪姫?誰が得するの?むしろ鎌之介以外に誰がやれと?」


鎌之介以上に可愛い子がいない。それについては同意するが、恋人の可愛らしい姿を全生徒の前に晒させなければならないというのが許容できない。

渋る才蔵の眼前に伊佐那海は一枚の書類を突き付ける。そこには生徒会長である服部半蔵のサインがボールペンで記されていた。爆笑しながらサインしたのかやたらと線が震えている。


「文化祭最高責任者の生徒会長にもう配役を書いた書類を提出して許可貰ったから、今更何を言っても無駄だからね。才蔵と鎌之介の役は決定事項だから」


唖然とする才蔵の後方では、白雪姫役決定の鎌之介が何も知らずにぐっすりと寝入っていた。


********


文化祭当日。鎌之介の機嫌は最高潮に悪かった。
自分の与り知らぬところで勝手に演劇に出演することになったからだ。おまけにその役が主役であり、しかも女役。鎌之介がキレない筈がなかった。

しかしやたらとクラスメートの女子がノリノリで、生徒会に書類も提出済みだということで抵抗虚しく白雪姫をやることになったのだ。


「有り得ねぇ……」


女子たちに無理やり制服を剥ぎ取られて強引に着せられたドレスの裾を指先で軽く持ち上げる。わざわざ今日のために作ったらしいドレスは鎌之介にとても似合っていた。元々女子に見間違われる顔立ちをしているため、ドレスを着れば完全に女子にしか見えない。

はぁ、と舞台裏で溜息を吐く。あと数分で必死に覚えさせられた台詞を女らしく言わなければならないなんて、最悪だ。今すぐ逃げ出したいが、伊佐那海とはある約束をしてしまっている。逃げ出すことは出来ない。

ダンボール箱に腰を下ろして憂鬱そうに頬杖をつく鎌之介の肩を誰かがトントンと叩く。一体誰だと振り向けば、そこには王子に扮した才蔵が立っていた。


「さ、いぞ……」
「鎌之介……」


お互い舞台衣装で顔を合わせるのは初めてだ。二人とも互いの姿を見て一瞬言葉を失う。

才蔵は伊佐那海が言っていた通り、王子の姿がとても似合っていた。どこかの物語にいてもおかしくないくらいだ。鎌之介はいつもとはまた違った格好良さの才蔵にドキリとする。

そして才蔵もまた、鎌之介のドレス姿に見惚れていた。きっと似合うだろうとは思っていたが、予想以上の可愛らしさだった。華奢な身体を包む裾の広いドレスはまるで鎌之介のために存在しているかのようであった。


「才蔵、鎌之介! 劇が始まるよ! 準備して!」


総監督を務める伊佐那海が固まる二人の間に飛び込んでくる。才蔵は慌てて鎌之介から視線を外して配置についた。あのまま鎌之介の傍にいたら何かしてしまうところだった。伊佐那海が来てくれて助かったと、才蔵は安堵の息を吐いた。


********


予想に反して劇はスムーズに進んだ。当初は頑なに劇に参加することを拒んでいた鎌之介が伊佐那海に何かを囁かれてから真面目に練習するようになったお陰で、大した失敗もなく劇は終盤を迎える。毒林檎を食べた白雪姫が王子のキスで目覚めるという有名なシーン。

ドレスを着て胸の上で手を組み死んだふりをしている鎌之介の傍に才蔵は膝をつく。ここでキスをするふりをして、鎌之介が目覚めればそこで劇は終わる。
とっとと終わらせようと、才蔵は鎌之介に顔を近付ける。観客たちの視線を痛いほど感じた。

静かに目を閉じている鎌之介は案外白雪姫という役柄が似合っていると思う。肌はそれこそ雪のように白いし、声も中性的で聞きようによっては女子のようだ。ドレスだって似合う。グロスを塗られた唇は蠱惑的で、才蔵は思わず自分が舞台に立っていることを忘れていた。

ふりをするだけ。それでこの動きにくい服を脱げるし、好奇の視線に晒されなくて済む。それなのに、才蔵は劇が終わらなければ良いのにと思っている。この劇が終われば鎌之介は二度とこの姿にはならないだろう。それは少し、口惜しい気がした。

だが、キスをしなければ劇は終わらない。次のクラスの演劇の時間が迫っている。才蔵は、眠るふりをしている鎌之介にそっと顔を近付け―――キスをした。ふりではない、本当のキスを。
ザワリと観客たちが騒ぎ出す。「あれほんとにしてる?」「え、ふりだろ?」と様々な声が飛び交い会場を揺り動かす。

騒ぐ観客を余所に才蔵は鎌之介から唇をそっと離し、完璧な笑顔を浮かべて最後の台詞を告げた。


「起きて下さい、白雪姫」


すると鎌之介はガバッと上体を起こして才蔵を睨みつける。その顔は真っ赤に染まっていて、雪ののように白い肌を持つ白雪姫には程遠かった。

役を忘れて今にも叫び出しそうな鎌之介の口を塞ぐため、再度口付ける。すると更に会場はざわめき、あちこちから黄色い悲鳴が上がった。


『熱ーいキスで目覚めた白雪姫は、その後王子様と幸せに暮らしましたとさ』


やたらと明るい伊佐那海のナレーションで幕が下りる。こうして白雪姫の劇は終わった。


********


ドレス姿の鎌之介を更衣室に引っ張り込んだ才蔵はその華奢な身体を壁に押し付ける。「才蔵…?」と驚く鎌之介に顔を近付け、才蔵が口を開いた。


「私に全てを委ねて下さいませんか、白雪姫」


指先で首筋を妖しく撫でられ、その刺激に鎌之介は小さく身体を震わせる。才蔵の声は甘い響きを持って鼓膜を打つ。
顔を赤らめた鎌之介は首筋に触れる才蔵の手に触れ、そっと囁いた。


「私はもう貴方のものです。……好きに、して」


鎌之介の言葉を聞いた瞬間、才蔵は唇を重ねる。劇で見せた触れるだけのものではない、深いキス。きっと童話では有り得ないような、大人のキスを二人は交わした。

クラスメートたちの劇の成功を祝う声を扉越しに聞きながら、二人の主役は甘い時間を過ごした。


********


伊佐那海が鎌之介と交わした約束は、隣のクラスの佐助に雨春を1日貸してくれるよう頼んであげることだったらしい。文化祭が終わった次の日、鎌之介は肩に雨春を乗せて喜んでいた。
才蔵のクラスの劇は人気投票でぶっちぎりの一位を獲得し、校長に誉められるわ生徒会長には気に入られるわ、とにかく大人気であった。

今回の劇は後になっても伝説として語り継がれていくことになるのだが、才蔵も鎌之介もそんな先の話は知らない。


「才蔵! 雨春が逃げた! 追うぞ!」
「はいはい」


無邪気に笑う鎌之介を見て、才蔵はやはり白雪姫よりもこちらの方が良いなと感じる。鎌之介は着飾っていなくても可愛いのだから。

廊下を走る鎌之介の後を追いながら、小さく笑う。何だかんだと劇はなかなか楽しかった。一つ気に入らないことと言えば、鎌之介に告白してくる連中が急増したことだが、それは全て才蔵が追い払っていた。

鎌之介は、もう才蔵のものなのだから。


120413
サクさま、リクエスト有難うございました!



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