言葉も愛も、まだ足りない

※燐さまリクエスト
※「佐鎌/佐助が任務でかまってくれず、一緒に任務をする才蔵達に嫉妬/切甘」




忍とは今の戦乱の時代において必要不可欠な存在だ。暗殺、諜報、潜入……様々な分野で活躍する忍は多忙だ。優秀な忍であれば忍であるほど、与えられる任務は多い。
真田幸村に仕える佐助もまた、その優秀な忍の一人だった。


********


「はぁ!? また任務だと!?」


数刻前に帰って来たばかりの佐助がまた任務に行くと聞いて、鎌之介の機嫌は最悪だった。忍の任務は数日間かかることなど当たり前。今日やっと佐助が帰って来ると喜んでいたのに、すぐにいなくなってしまうなんて。とても許容できる話ではない。

しかし佐助は憤っている鎌之介を冷静な瞳で見つめ、一言「幸村さまの命令、絶対」と告げて歩き出す。あまりにもそっけないその態度に怒りを感じる暇もなく、佐助は鎌之介の前から消えた。


「なっ……ふざけんな!」


慌てて後を追うと、佐助の姿はすぐに見つかった。才蔵とアナ、二人の忍と話をしているようだった。おそらく次の任務についてだろう。鎌之介にはたった一言だけだったのに、二人とは長時間会話を交わしている。それが酷く気に障った。


(何だよ、緑の奴! 才蔵とかとは話すくせに……!)


せめてもう二言くらいあってもいいだろうに。鎌之介は少し離れた所で三人を睨みつけた。
胸の奥がざわざわとし、気分が悪くなる。才蔵やアナには構うくせに、自分にはたった一言だけしかくれない。任務だとは分かっているが、それでも納得がいかなかった。

ずるい。才蔵とアナは、ずるい。鎌之介は胸元をぎゅっと握り締める。忍だから、佐助の傍にいられる。任務だって大抵佐助は才蔵かアナと組んでいる。それも忍だからだ。ずるい。

きっと、これが嫉妬というやつなんだ。佐助が才蔵たちとばかり一緒にいるのが酷くつまらなくて、苦しくて、嫌で。もっと自分を見てほしくなる。佐助と一緒に任務に行く才蔵たちが羨ましい。自分だって、佐助の隣に居たいのに。

心臓がズキズキと痛み、目頭が熱くなる。佐助の後ろ姿がぼやけて見える。今まで抑えてきた感情が全て溢れだしてきそうで、鎌之介は三人に背を向けてその場を走り去った。


********


「いいの、あれ」
「……………無問題」
「には思えねーけどな」


走り去る鎌之介の後ろ姿を見送ったアナは腕を組んで佐助を見る。追わなくていいのかと尋ねれば、佐助は任務があるからと努めて冷静に応える。だが、どこか不安げな彼は鎌之介が走り去って行った方向をちらちらと気にしていた。それを見て、才蔵とアナは顔を見合わせてから溜息を吐く。鎌之介と佐助の様子を見ていれば大筋の話は読めた。任務ばかりの佐助に長い間放っておかれた鎌之介が怒っているのだろう。

幸村命の佐助が命令を無視して鎌之介を追い掛けることは絶対にないだろう。だが、そうすると鎌之介があまりにも可哀想だ。先程帰還してきたばかりの佐助を一番に出迎えたのは鎌之介だし、佐助の帰りを楽しみにしていたのもまた鎌之介なのだ。

佐助が任務を終えて帰って来るのを待っていた鎌之介の姿を知っている才蔵とアナは、鎌之介の心中を慮って眉を寄せる。佐助が悪いわけではない。誰が悪いかと言えば帰って来たばかりの佐助をまた任務に出そうとする幸村だ。これは一回幸村を絞めておいた方がいいかもしれない。才蔵とアナは本気で実行しようと物騒なことを考えていた。

鎌之介のいなくなった方向をじっと物憂げに見つめている佐助の横顔に、才蔵とアナは目配せをし合い、小さく頷いた。


「佐助、貴方今回の任務から外れなさい」
「!? 何故!?」
「今のお前は使いもんにならねーからだ」
「……???」


意味が分からないと目を瞬く佐助にアナはビシッと人差し指を突き付けた。


「鎌之介のことばっかり気にしてる貴方に今回の任務がこなせるとは思えないわ!」
「そ、そんなこと……!」
「あるわね。幸村さまには佐助は役に立ちそうにないから外してもらうように言ってくるわ。才蔵がね!」
「俺かよ!」
「そんな、アナ……」
「分かったらさっさと鎌之介のとこにでも行ってきなさい。自分の恋人を泣かせる男は最低よ」
「!」


驚いたように目を見開く佐助に、アナは突き付けていた指を外して小さく笑う。何もかもを悟っているかのような大人の微笑みに、佐助はそれ以上何も言えなかった。
少しの躊躇いの後、佐助は鎌之介の後を追う。いつもより早足な佐助が角を曲がって消えたのを見送った二人は小さく嘆息する。全くもって手の焼ける同僚だ。


「俺ら二人だけでも充分だよな」
「当たり前でしょ。私達二人にこなせない任務なんてあるわけないわ」
「だな」


佐助が任務から外れることを幸村に報告しに行くため、アナは才蔵の背中をさっさと行って来いとばかりに平手で叩いた。


********


自室に逃げ込んだ鎌之介は途中で捕獲した雨春を胸に抱いて座り込んでいた。立てた膝に顔をうずめて嗚咽を堪える。我慢できずに零れ落ちた涙を、雨春が小さい舌で舐めとってくれる。その小さな温かさに余計に涙が溢れた。

悪いのは、自分だ。佐助だって任務続きで疲れているはずなのに、どうしようもないことを言っては困らせて。自分勝手な行動しかとれない自分が心底嫌になる。こんな調子では佐助に嫌われてしまう。いや、もう嫌われているかもしれない。だからあんなにそっけなかったのかもしれない。そう考えれば考えるほど深みに嵌り、鎌之介はついに涙を堪えることを止めた。

ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭ってくれるあの優しい手はここにはない。きっと既に才蔵たちと任務に出ていることだろう。佐助に相手にされず、一緒に任務をこなす才蔵達に情けなく嫉妬し、自室で一人泣いている。こんな女々しい奴、佐助は嫌うだろう。呆れられるかもしれない。いつも優しく見つめてくるあの瞳に軽蔑の視線を向けられるのを想像して、心臓が鷲掴みされたように痛む。

元気を出せとでも言うように小さく鳴く雨春を胸に抱き込み、また泣き始めた鎌之介の部屋の襖が唐突に開いた。
何事だと顔を上げれば、そこには微かに息を切らした佐助が立っていた。

「………みど、り……?」


何故。どうして。佐助は今頃才蔵達と任務に行っているはずだ。それなのに、何故ここにいるのだろうか。
驚く鎌之介の瞳から溜まっていた涙が一つ、零れ落ちる。それを見た佐助は顔を青褪めさせて鎌之介の元に走り寄った。


「鎌之介……!」


緩んだ手の中から雨春が逃げ出す。鎌之介は、佐助に抱き締められていた。優しい温もりに鎌之介は目を瞬く。自分がどういう状況に置かれているのかまだ把握しきれていなかった。
ただ一つ、分かることは。佐助が自分の元にいるということだけ。だが、鎌之介にとってはそれだけで充分だった。

そろそろと佐助の背中に腕を回す。小さく服を掴めば、更に強く抱き締められた。


「鎌之介、ごめん。我、鎌之介、泣かせた。……ごめん」


その言葉を皮切りに、佐助は鎌之介にたくさんの言葉を告げた。一番に出迎えてくれたのにそっけなくしてしまったことに対する謝罪、いつも出迎えてくれることに対しての感謝、鎌之介のことをどれだけ好きであるかということ、今日の任務はなくなったこと、今日は一日鎌之介と一緒にいると約束すること。たくたん、たくさん佐助は言葉をくれた。たった一言ではなく、口下手な彼にしては珍しいほどたくさんの言葉を、くれた。
それが嬉しくて、鎌之介の瞳に涙が滲む。それは哀しみの涙ではないのは明白だった。


「緑……ほんとに、一緒にいてくれる?」
「我、約束守る、絶対に」


身体を離して見つめ合う二人は、どちらからともなく唇を合わせる。泣いたせいか、少しだけ涙の味がする。それがなんだか可笑しくて、唇を離した二人は小さく笑い合った。

幸せそうに笑う二人を見つめていたのは、嬉しそうに鳴く雨春だけだった。


120330

燐さま、リクエスト有難うございました!



top



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -