押して駄目なら

※桜さまリクエスト
※「甚鎌で鎌之介にしつこく迫る甚八に嫌がる鎌之介だが最後はデレる鎌之介」



甚八と鎌之介の関係といえば、典型的な追う者と追われる者だ。言葉も手段も選ばず迫ってくる甚八からひたすら逃げまくる鎌之介の姿は、上田城に身を置く人々の間では既に見慣れた光景となっていた。

甚八曰わく、一目惚れらしい。強気な瞳もまるで女のような外見も彼の心を惹きつけて止まないらしく、暇さえあれば鎌之介に抱かせろと迫っている。
当然鎌之介は甚八からの誘いなど相手にせず、しつこい彼から逃げる生活を続けていた。


「よぉ、鎌之介」
「……また出た」
「人を幽霊みたいに言うんじゃねぇよ。抱かせろ」
「幽霊より質ワリィんだよ! そして断る!」


穏やかな昼下がり。廊下でばったりと甚八に出くわした鎌之介は顔を顰める。
肩に回された腕をバシンと容赦なくはたき落とし甚八から距離をとる。鎌之介はニヤニヤと笑う甚八を睨みつけた。


「俺は男だぞ!」
「知ってるよ。けど恋愛に性別は関係ねぇだろう?」
「はぁ!?」


幸村とはまた違う飄々さで甚八は笑う。いつもこうだ。そう言われてしまったらこれ以上反論出来なくなる。元々口が達者な方ではない鎌之介は甚八のような人間が苦手だった。


「あーもう! いい加減にしろよ! 毎日毎日うっぜーんだよ!」



今まで鎌之介の傍に甚八のような掴み所のない性格の人間は居なかった。だからこそ対処に困る。どうあしらえばいいのか分からないのだ。結果、子供のように怒鳴るしかない。

すると甚八は一瞬面食らったように目を見開いたが、すぐにその表情を打ち消す。彼は興味を失ったかのような無機質な瞳で鎌之介を見下ろして、小さく溜息を吐いた。


「分ーったよ」
「………え、」
「もうお前には近寄んねぇ。アナんとこにでも行ってくるわ」


アイツなら俺を満たしてくれるからな。そう言い残し、甚八は鎌之介に背を向ける。そしてそのまま去っていこうとする。

甚八からあのような冷たい目で見られたのは初めてだった。鎌之介がどれほど暴言を吐こうとも、彼はいつも温かく笑って流していた。だからこそ鎌之介も安心して怒っていられたのだ。

だが、今回は違う。呆れられた。嫌われた。鎌之介の全身から熱が引く。甚八に構われないことを望んでいたはずなのに、今はそれが恐ろしくて仕方がない。

甚八が歩き出す。自分の前からいなくなってしまう。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。どこにも行って欲しくなかった。


「ま……待って……っ!」


気が付けば、鎌之介は甚八の上着の端を掴んでいた。甚八の足が止まる。彼が後ろを振り向けば、顔を俯けた鎌之介がギュッと上着を握り締めていた。


「待っ、て……。行かない、で………」


両手で上着を掴み、額を背中に押し付ける。彼に……甚八にアナの所へ行って欲しくなかった。自分の傍にいて欲しかった。勝手な言い分だとは分かっている。だが、身体が自然と動いたのだ。

ギュッ、と手に力を込める。何だかとても悲しくなって泣きそうになる。それを必死に堪えて甚八の背中に縋りつけば、温かい手が頭に降りてきた。


「ったく、それは反則だろ………」
「……おっさん?」
「可愛すぎんだよ、お前は」


ぽんぽんと頭を数回優しく叩かれる。顔を上げれば、甚八の柔らかい笑顔がそこにはあった。


「冗談だよ。アナんとこには行かねーよ。俺様にはお前しかいねーからなぁ」
「なっ………」


初めからアナの所に行く気はなかったと知って鎌之介の顔が羞恥から赤く染まる。自分のとった行動のあまりの恥ずかしさに今すぐ消えてなくなりたくなる。


「嘘つきやがったな! おっさんの馬鹿!」


バッと甚八から身体を離して距離をとる。すると甚八に腕を取られて引き寄せられた。彼に正面から抱き締められて、鎌之介の顔が更に赤くなる。


「な、」
「俺様がいなくなったら寂しいか?」
「それ、は」


そんな訳ない。自惚れるな。そう言って突き放してやりたかった。しかし鎌之介の身体は動かない。甚八の腕に力はほとんど入っておらず、振り解くのは簡単だ。それなのに、この優しい腕を振り払うことが出来なかった。


「………た」
「ん?」
「おっさんがどっかに行っちまうのは、嫌、だった」


自分から離れていってしまうのが。別の誰かの所に行ってしまうのが。嫌だった。

そう小さく告げれば、強く強く抱き締められる。頭を優しく撫でられ、朱髪に唇が落とされる。


「ほんとに可愛いなぁ、お前」
「う、うううるさい!」
「安心しな。俺様は鎌之介にしか興味ねーからな」


甚八に優しい声音で囁かれ、不覚にも胸がキュンとする。自分でも知らない内に、この男に随分毒されていたらしい。

上着を握り締めて胸元にすり寄る。そうすれば「ほんと可愛いなー、おい」と頭を撫で回される。甚八のことが好きなんだと認めるのはかなり癪だが、その手があまりに心地良くて、鎌之介はそっと目を閉じた。


「じゃ、さっそく抱かせてくれ」
「くたばれ!」


穏やかな時間は甚八の発言によりあっという間に消えてなくなった。



120317


桜さま、リクエスト有難うございました!




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