恋情による欲情

※才鎌←幸




いつも騒がしい部下の声が聞こえない。朝昼夜関係なく城内に響くあの声が。煙管を口にくわえながら幸村は自室の襖を開けて外に出る。気持ち良い晴天が眼前に広がった。柔らかな風が幸村の頬を撫でる。

やはりおかしい。あの声が聞こえないと何だか胸の奥がざわついて落ち着かない。ふむ、と少し考え込んでから幸村は歩き出す。向かう先は鎌之介の部屋だ。

そういえば鎌之介の部屋に行くのは初めてかもしれない。基本的に勇士たちの方が幸村の元を訪れるので、自分から向かったりすることはほとんどない。扇子を手の中でいじりながら幸村はある部屋の前で足を止めた。

煙管を懐になおしてから襖をゆっくりと開ける。ちらりと隙間から見えた朱色にホッとした。誰かに浚われたり行方不明でなくてよかった。


「かーまーのーすーけ」


ずいっと室内に足を踏み入れる。鎌之介は部屋の真ん中で幸村に背を向けるようにして丸まっていた。これは重傷だな、と思いつつ鎌之介の傍に腰を下ろす。何も言わずに腕を伸ばして頭を撫でてやれば、華奢な身体が微かに身じろいだ。


「……おっさん」
「ん? どうした?」


多くは問わず、ただ傍にいる。それが心地良かったのかどうかは知らないが、鎌之介は更に身体を丸めた。


「……才蔵、が」


やっぱりな。幸村は指先で朱髪を梳きながら胸中で呟く。鎌之介が一喜一憂する原因は10割才蔵なのだ。


「才蔵が、バカ女ばっかり構うんだ」
「なるほどなぁ」


バカ女とは伊佐那海で間違いないだろう。鎌之介が拗ねているのは才蔵が伊佐那海ばかり構うから。つまりは嫉妬だ。


(なんとまぁ、可愛らしい奴よのう)


鎌之介のことだ。才蔵に何も言わずに自室に逃げ込んだのだろう。何でも構わず言ってのけるように見えて意外と本当に伝えたいことは口にしない。変なところで謙虚なのだ。

幸村は鎌之介の背中を見つめる。何だかいつもより小さく見えて、どうしようもなく愛おしく感じる。初めて出会った時には既に才蔵一筋だった鎌之介は幸村に見向きもしなかった。それが少し、面白くない。

ニヤリと口元に笑みを浮かべた幸村は、鎌之介に覆い被さるようにして顔を近づけた。


「鎌之介」
「おっさん……?」
「才蔵が振り向いてくれる秘訣を特別に教えてやろう」
「ほんと?」


純真な瞳に見つめられて胸が高鳴る。今まで相手にしてきた女性は数知れず、六郎にいい加減にしろと叱られるほど腕をならしてきた自分がたった一人の人間にままならぬ思いを抱いている。それは何とも不思議な感覚だった。

散らばる朱髪、煌めく瞳、輝く白い肌、そして淡く色付く唇。息さえ触れ合う距離で鎌之介の美貌を目にした幸村はくらりと眩暈を感じながらも、ニッと口角を上げた。


「それはな―――」


ぱちぱちと目を瞬く鎌之介に更に近づこうと身体を落とした瞬間、グイッと襟首を掴まれる。急激に首が絞められ「ぐえっ」と変な声が出た。


「何やってんだおっさん!」
「チッ、空気を読まんか才蔵」
「読めるかっ」


幸村の襟首を掴んで鎌之介から引き離したのは才蔵だった。急いで来たのか微かに息が上がっている。その姿に思わず笑みが零れる。そんなに必死な顔をするくらいなら、離さずにしっかりと掴んでおけば良いのに。才蔵も幸村からしてみればまだまだ子供だ。

端から見れば先程の光景はまさに接吻を交わすところのように映っただろう。床に転がる鎌之介に覆い被さっていたのだからそう見えても不思議はない。むしろそれ以上の行為を始めようとしていたかのようにも見えたかもしれない。


「才蔵?」
「鎌之介! 二度とこのおっさんを部屋に入れんなよ!」
「はぁ?」


床にぺたんと座り込んで才蔵を見上げる鎌之介はうまく事情が飲み込めずに訝しげに眉を寄せる。無防備なその姿に才蔵はああもう!と叫んで鎌之介の両肩を掴んだ。


「さいぞ………んっ」


主の前であるにも拘わらず鎌之介と唇を重ねる才蔵。「んん……は、ん」扇情的な声が鎌之介の口から零れる。触れるだけの甘いものではないそれは更に深くなる。
開いた扇子で口元を隠した幸村は「若いのぅ」とニヤニヤしながら二人を眺めていた。


「ん……、はぁ、ん」
「おい、おっさん!」


ようやく唇を離した才蔵はくたりと身体を預けてくる鎌之介を抱き締めて、幸村をキッと睨み上げた。


「いくらおっさんでもコイツに手ぇ出したらぶっ殺すぞ」
「おお、怖いのう」
「茶化すな!」


才蔵の目は本気だった。勝ち目はないなと幸村は溜息を吐く。最初から分かっていたことだが、あっさり鎌之介を取られてしまうのはつまらない。
パチンと扇子を閉じて幸村は口角を上げた。嫌な笑顔に才蔵が思わず身を引く。それを見て幸村が更に笑みを深くする。

「あんまり放っておくと儂が貰ってしまうぞ、才蔵?」
「なっ………」
「略奪愛もなかなか面白そうだしの」


目の前であんな鎌之介の姿を見せられては、すんなりと引き下がるわけにはいかない。才蔵は自分のものだと主張したくて接吻をしたようだがそれは逆効果だ。頬を赤くしとろけたような鎌之介の姿に欲情した。
幸村は扇子で才蔵を指し示しながら楽しそうに口元を歪めた。


「覚悟しておれよ、才蔵。儂は手強いぞ?」


茫然とする才蔵に背を向けて部屋を出る。背後で才蔵の怒鳴り声が聞こえてきたが無視する。さぁ、楽しくなってきた。
幸村は下手な鼻歌を歌いながら六郎が待っているであろう自室に戻って行った。


120312



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