数週間前の片想い

※大学生才蔵×女子高生鎌之介
※女体化ですので苦手な方はご注意下さい



カランと扉にぶら下げてあった鈴が音を立てて揺れた。客がやって来たことを知らせる音だ。
才蔵はコーヒーを煎れる手を止めて入り口に顔を向ける。午後3時45分。ほぼ毎日同じ時間にやって来る少女がそこにいた。


「いらっしゃいませ」
「敬語はやめろって言っただろーが」
「客に敬語使うのは普通だと思いますが?」
「……うぜー」


店内に他に客はいない。客が増えるのはもう少し後だ。それにこの喫茶店はあまり人気がない。近くにお洒落で若者に人気のある喫茶店が新しく出来たからだ。そちらの店に客が流れてしまっているのだ。

そんな中、迷わず店内に入り短いスカートを揺らしながら一番左のカウンター席に腰を下ろした少女は「いつもの」と短く注文する。才蔵の顔を一度も見ずに、鞄の中から宿題を引っ張り出しながら。

それに才蔵は「了解」と煎れていたコーヒーにミルクと砂糖を加える。そしてあらかじめ焼いていたクッキーを添えて少女の前に置く。そろそろ来る頃だと思い準備していたのだ。
少女は肩に掛かった朱髪を手で払ってコーヒーを自分の元に引き寄せた。教科書に小さく書かれた「由利鎌之介」という名前をカウンター越しに眺めながら、才蔵は頬杖をつく。


「今日は数学か?」
「そう。あの教師、5ページも出しやがったんだぜ、あり得ねぇ」


ちょうど良い熱さのコーヒーを口に運びながら鎌之介という名の少女は眉を顰める。どうやら数学は苦手らしく、苦々しそうに教師へと毒を吐いている。そんな鎌之介の様子をじっと見つめていた才蔵はふぅんと相槌を打った。

才蔵はこの喫茶店で数ヶ月前からバイトをしている大学生だ。何となく面接を受けて合格したから続けている。
鎌之介は才蔵がバイトを始めて数週間後くらいにやって来た。どちらかと言えば大人向けの雰囲気である喫茶店に鎌之介のような女子高生は珍しく、やたらと印象に残った。

鎌之介の指定席は一番左のカウンター席。少女はいつもそこに座る。カウンター席だから才蔵との距離が近く、自然とよく話すようになった。鎌之介が男口調なのを知ったのもよく話すようになってからだ。

最初才蔵は敬語で接していたが、鎌之介から「敬語はやめろ」と言われたので敬語はほとんど使わなくなった。勿論それは鎌之介に対してだけであり一般客にはきちんと敬語で接している。鎌之介は特別なのだ。

カップを横に置いて教科書とノートを開きシャーペンを手に取る。その一連の動作はこの数ヶ月ですっかり見慣れていた。
鎌之介は喫茶店の近所にある高校に通っているらしく、学校帰りに毎日この喫茶店に立ち寄りここで宿題を済ませてから帰宅する。たまに才蔵のバイトが終わる時間まで残っていることがあり、そういう時は駅まで一緒に帰ったりすることもあった。

決して付き合っているわけではない。ただの喫茶店のアルバイトと常連客の女子高生という間柄だ。しかし才蔵は確実に鎌之介という年下の少女に惹かれていた。
誰もが振り向く綺麗な顔に似合わず男らしいところ。喫茶店によくやって来る猫を見てきらきらと目を輝かせるところ。たまたま話題に上った才蔵の誕生日を覚えていてわざわざプレゼントを用意してくれていたところ。
鎌之介という人物を知れば知るほど想う気持ちは深くなっていった。


「分からないのか?」
「うるさいな、いま考えてんの!」


シャーペンを口元に当てて唸る鎌之介はじっと教科書を睨みつけている。どうやら難問に衝突したらしい。どれどれとカウンターに身体を乗り出して教科書を上から覗き込む。見たことのある数式がズラズラと記されていた。


「それはあれだろ。この公式を使ってこっちの数字をこれに代入すれば解けるぜ」
「……………あ」


教科書を指差しながらそう教えれば鎌之介は口を小さく開けて目を瞬かせる。止めていた手を動かして才蔵が言った通りの手順でノートに解答を書き始める。答えの出た問題に少女の唇が微かに震えた。


「才蔵って数字得意?」
「まぁ国語とかよりは好きだな」


実際高校時代は国語より数学の方が成績が良かった。大学でも授業は文系ではなく理系を選択している。

カウンター越しに才蔵の顔を見つめた鎌之介は、すぐに顔を伏せて小さく口を開いた。


「そう。……………ありが、とう」
「!」


朱髪の間から見えた白い肌は微かに赤く色づいていた。その反応に才蔵はドクリと心臓が大きく跳ねるのを感じた。―――これは、反則だろう。

年下の少女相手に振り回される自分自身を情けなく感じながらも、そんなのも悪くないと思ってしまう時点で完全に惚れてしまっているのだろう。
才蔵は顔が赤くなっていないか心配しながら、鎌之介に声を掛ける。


「何だったら、バイト終わった後、数学教える、けど」
「………いいの?」
「授業ないし、予定もないし。鎌之介さえよければだけどよ」


勇気を出して誘ってみる。パッと顔を上げた鎌之介の瞳はきらきらと輝いていた。


「……じゃあ、頼む」
「! ……おお」


断られるかと思ったのだが、予想に反して鎌之介は了承した。嬉しそうな少女の様子に才蔵はドキドキする。これは、自惚れてもいいのだろうか。

バイト中は鎌之介と共にいられる時間だから才蔵にとっては終わって欲しくない時間だった。しかし今は早く終われと願っている。バイト後は鎌之介と二人きりの時間が取れるのだ。そう願うのは当然だ。

才蔵に教えてもらうからだろう。数学の教科書を片付け始めた鎌之介の顔は本当に嬉しそうで。才蔵はいっそのこと想いを伝えてしまおうかと考える。だがそんな勇気はまだなく、結局才蔵は口を閉じてコーヒーを煎れる作業に戻った。

才蔵が鎌之介と付き合い始めたのは、それから数週間も後のことだった。


120310



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