認めざるを得ない


おかしい。才蔵は自室の床に胡坐を掻きながら眉間に皺を寄せていた。

おかしいおかしいおかしい。何がおかしいのかというと、今のこの現状だ。あの谷であの変態と出会ってから数か月、こうして才蔵が自室で大人しくしていると必ずあいつは「才蔵、ヤろうぜ!」と叫びながら障子を突き破り襲いかかってきていたのだ。

それが今はどうだろうか。障子を突き破るどころかここ最近あいつに名前を呼ばれた記憶がない。毎回部屋を半壊させては六郎に二人して廊下に正座させられていたのに(才蔵は完全なるとばっちりである)、それが全くない。

もちろんそれは平穏な日々を渇望する才蔵にとっては願ってもないことであり、今のこの現状は大変喜ばしいことである。それなのに、才蔵はイライラしていた。


「なんであいつ、こねーんだ…」


あいつ―――鎌之介は、何故か才蔵に絡まなくなっていた。
以前は才蔵の姿を少しでも見掛ければ飛んで行き勝負を挑んでいたのに、最近はちらりと視線を寄こすだけですぐに幸村や六郎の元へと行ってしまう。佐助と共に雨春をいじって遊んだり、アナスタシアとは和やかな雰囲気で会話を交わしている。才蔵には全く見向きもしなくなっていた。

初めのほうこそ遂に飽きたのかと嬉しく思っていた才蔵も、一週間も鎌之介に話し掛けられなくなった頃に深い違和感を感じるようになった。

あるべきものが傍にない不安。苛立ち。そして―――恐怖。

才蔵は自分でも分からないが、鎌之介がこのまま自分に絡まなくなるのを恐れていた。何故恐れるのか。分からない。何故苛立つのか。分からない。ただ、鎌之介が自分ではない他の誰かと親しそうに話していると酷く苛立ち、気分が悪くなる。


「あーっ、くそっ」


片手で乱暴に頭を掻き、気分を変えようと外に出る。すると鮮やかな金髪を揺らして歩くアナスタシアと出くわした。


「あら、才蔵。随分と機嫌が悪いみたいだけど?」
「……別に、何でもねぇよ」


何となくアナスタシアに今の自分の気持ちを知られるのは面白くない。才蔵は妖艶に笑う幼馴染から視線を逸らした。するとふふっという軽やかな笑い声が聞こえてきた。


「才蔵も素直じゃないわね」
「何が」
「鎌之介」
「!」


その名前にびくりと身体が反応する。慌てて何でもない風を装うが、忍びとして優秀なアナスタシアにそれが通じるはずもなく、また笑われてしまった。


「最近貴方に絡まなくなってるわね」
「……ああ。清々する」
「あら、そうなの?」
「お前、さっきから何なんだよ」
「いい加減素直になれば?」
「はぁ?」


アナスタシアの言っている意味が分からず視線を遣れば、そこには心底呆れたような顔をした幼馴染が居た。


「鎌之介がいなくて淋しいんじゃないの?」
「は、あ!?」


何を言っているんだ、こいつは。才蔵は思わずアナスタシアの顔を凝視する。からかわれているのかと思ったが、彼女の顔は真剣そのものだった。


「もしかして自分で気づいてないの? 鎌之介も可哀想に……」
「淋しい? 俺が?」


有り得ないと否定しようと口を開いたが、すぐに閉じる。淋しいのか、俺は? 毎日毎日懲りずに自分の元へやって来る鎌之介がいなくなってしまうことが、淋しいのだろうか。自分でもまだよく分からない。だが、鎌之介が他の誰かの元にいるのだけは嫌だった。


「鎌之介なら幸村様のところにいるわよ」


さり気無くそう囁かれて、才蔵は小さく「……助かった」と呟き踵を返す。何の迷いもない足取りで向かうのは、主君の自室だろう。アナスタシアは颯爽と去っていく才蔵の背中を穏やかな視線で見つめながら、小さく溜息を吐いた。


「……ほんと、不器用な子」




********



「おっさん!」
「おお、才蔵。どうした?」
「ここに鎌―――、って何やってんだ!?」


アナスタシアに背中を押され、勢いよく乗り込んだ才蔵は自室に居た幸村の姿を見て目を剥いた。
常と同じく六郎を傍に控えさえた幸村の膝の上には何故か鎌之介が収まっていた。幸村は鎌之介の肩に顎を置き、背後から抱きかかえるようにしてニヤニヤと笑っている。まるで才蔵に見せつけるかのような主の姿に六郎は呆れきった表情を浮かべる。

思わず固まってしまった才蔵はしかし鎌之介と目がばっちりと合い意識を取り戻す。鎌之介は一瞬目を輝かせたが、すぐに才蔵から視線を逸らした。それにムッときた才蔵はドシドシと足音を立てて幸村の膝に可愛らしく座っている鎌之介の腕を掴んで自分の傍に寄せる。
「さ、才蔵?」と久々に名前を呼ばれて不覚にもドキリとする。だが、それを億尾にも出さずに才蔵は鎌之介を自らの腕の中に抱き寄せた。


「おっさん、わりーけどこいつは俺のもんだ。遊ぶなら別のやつで遊んでくれ」


主にこんな言葉を吐いて許されるわけがないのだが、そもそも幸村を「おっさん」呼ばわりしている時点で不敬罪上等である。ムキになったように言い募る才蔵を前に、幸村は扇子を口元に当てて「ホッホッホッ」といつぞやの公家笑いをしてみせた。


「どうだ、鎌之介。儂の言った通りだろう?」
「おおおおお! おっさんすっげーな!」
「………は?」


笑う幸村と自分の腕の中で感心している鎌之介。全く状況が飲み込めない才蔵を不憫に思ったのか、今までずっと黙っていた六郎が状況を説明し始めた。


「鎌之介が才蔵が構ってくれないと淋しがっていたので、幸村様がしばらくの間あなたを無視するように助言なさったのです。そうすればいつか才蔵の方から鎌之介の元へ来るようになるから、と」


初めは何を言われているのか分からなかったが、次第に事態が飲み込めるようになり、才蔵はサッと顔を青くする。―――つまり俺はおっさんにはめられたのか!?
ばっと幸村の方を見ればニヤニヤと才蔵を眺めている。完全に遊ばれている。才蔵は少し前の自分をブン殴りたくなった。


「おっさん……てめぇ!」
「まぁまぁよいではないか。お前もついに鎌之介への気持ちを認めたことだしのぅ」
「は、はぁ!? 誰が!」
「またまた〜。照れるな照れるな」
「照れてねぇ! ……おい、ちょっと待てよ。それなら何でおっさんの膝の上に鎌之介を乗せる必要があるんだ?」
「……ホッホッホッ」
「おいこら聞いてんのか!」
「なぁなぁ才蔵! 一発ヤろうぜ!」
「お前は黙っとけ!」


ぎゃーぎゃーと騒がしくなった部屋で一人静かにしていた六郎は、やっと戻って来た日常に深い溜息を吐いた。








120212










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