戯れによる融解

※拍手にて頂いたネタ「鎌之介に女装させる才蔵」です




「鎌之介、これ着ろ」


至極真面目な顔をした才蔵が突き出したのは、女物の着物だった。


「いや、意味分かんねーんだけど」


突然才蔵の部屋に呼ばれたかと思うと女装しろと言われたのだ。鎌之介が訝しげな表情をするのも無理はない。
しかし才蔵はその反応に首を傾げる。


「この着物はお前のためにあるようなもんだろ」
「んな訳ねーよ! 才蔵どうした、頭打ったのか!」
「違げーよ! お前みたいな変態と一緒にすんな!」
「いよっし間違いなく才蔵だな」
「どういう確かめ方してんだお前……」


呆れ顔の才蔵が手にしている着物に視線を遣る。薄水色の生地に桃色の花が刺繍された着物だ。一目見て高価なものだと分かる。何でこんなものを才蔵が持っているのだろうか。


「アナの奴が俺にくれたんだけどよ。常識的に考えて俺に着ろって意味じゃねぇだろ」


才蔵がこの着物を着ている姿を想像する。お世辞にも似合うとは思えない。しかし鎌之介は納得がいかなかった。


「だからって何で俺なんだよ」
「なんだよ、お前初めて出会った時に女装してただろ」
「あ、あれは山賊仲間が着ろっていうから着たんだよ!」


山賊仲間とは鎌之介を頭と呼んでいた奴らのことだろう。彼らは十蔵に仕留められてもういない。
そういやこいつ仲間失ってんだな。才蔵は気まずそうに視線を逸らす鎌之介を見つめる。自分の仲間を殺した奴と一緒にいる気分とはどんなものなのだろうか。

まあそれは後々考えよう。今はこの着物を鎌之介に着てもらいたいのだ。アナだってそのつもりで才蔵に送ったはずだ。絶対似合う。


「山賊仲間が着ろって言ったら着るのに俺が着ろって言ったら着ないのか」
「うっ……それは……」


そう言われてしまえば断るものも断りきれない。才蔵より山賊仲間の方が大切だと思われるのは本意ではない。今の鎌之介にとって才蔵は一番大切な存在なのだ。勿論才蔵にとっても鎌之介の存在が一番だ。

目の前に突き出される女物の着物。手に取るのは非常に躊躇われる。しかし才蔵による無言の重圧に遂に屈した。


「分かったよ! 着ればいいんだろ!」
「おっ」


才蔵の手から引ったくるようにして着物を奪う。面白そうに目を輝かせる才蔵が恨めしい。着ると宣言した以上着ないわけにはいかなくなり、鎌之介は着替えるために服に手を掛けた。


「………才蔵」
「何だよ」
「着替えるから出てけよ」
「何で?」
「何でって……」


わざと尋ねているとしか思えない。その証拠に才蔵の口元は意地悪そうに弧を描いていた。組んだ足の上に肘を乗せて頬杖をつく才蔵の視線は逸らされることなく鎌之介の身体へと注がれている。とんでもなく強い視線だ。居心地が悪すぎて堪らない。服を脱ぐ手が止まりそうになるが、今更逃げ出すのは鎌之介の矜持に傷がつく。


「裸なんて見飽きてんだろ? むしろ裸より刺激的な姿を知ってんだ。今更恥じらいも何もないだろ?」
「さ、才蔵の変態!あほ!」


かぁぁと顔が赤くなるのを感じる。昨夜のことを思い出したのだ。確かに才蔵の言うとおりお互い裸など見飽きているが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。本当に底意地の悪い男だ。


「どうした鎌之介。手が止まってるぜ」
「……………」


もうこれ以上何かを言う気力もなかった。鎌之介はどうにでもなれ!と半ばやけくそ気味に服を脱ぐ。才蔵の視線をばしばしと感じるが無視する。気にしたらまた恥ずかしさが込み上げてくるからだ。

女物の着物を着るのは初めてではない。さほど時間をかけることなく着物を着ることができた。


「おら! 着てやったぞこれで満足か才蔵の馬鹿ー!」
「自暴自棄になるなよ」
「うっさい!」


自暴自棄にでもならなければ憤死してしまいそうなのだ。これ以上ないと言うほど顔を真っ赤に染めた鎌之介の姿を才蔵は不躾なほどじろじろと眺め回した。

着物の丈は膝上までと短く、細く白い足が惜しげもなく晒されている。薄水色の着物に朱髪は鮮やかに映え、鎌之介の美貌をより一層際立たせていた。アナの見立ては完璧だった。

腰に手を当てふんぞり返る鎌之介はどこからどう見ても女子だ。この姿で「俺は男だ!」と言われても誰も信じないだろう。


「鎌之介、お前いま満足かって訊いたよな?」
「? 訊いた、けど……」
「なら答えてやるよ―――」


床に座っていた才蔵がおもむろに立ち上がる。嫌な予感がする。鎌之介は一歩下がるが、すぐに距離を詰められた。両手首が才蔵の手によって拘束される。ぐっと近づけられた顔に浮かぶのは―――愉悦。


「その姿のお前を抱いたら満足するぜ?」
「なっ………!」


囁くように言われたその言葉に身体中がカッと熱くなる。じんじんと胸の奥が熱に反応して微かに痛む。心臓は今にも破れそうなほど激しく脈動していた。

昂然たる誘い文句。用意されている答えは唯一つ。唇を軽く噛み才蔵を睨む。全て才蔵の言いなりになるのはつまらない。ここまできたら最後までやり切ってやろうではないか。鎌之介は口元に妖しい笑みを浮かべて才蔵の耳元で短く囁いた。


「―――好きにして」


瞬間、才蔵の目が見開かれる。予想もしていなかった切り返しだったのだろう。ぽかんとした間抜けな顔だった。思わず小さく噴き出すと、才蔵は微かに顔を赤くして眉間に皺を寄せた。


「鎌之介、お前……!」
「ふんっ。ざまぁみろ!」


べーっと舌を出せば才蔵は溜息を吐いて手首の拘束を解いた。そして鎌之介の顎を指先でそっと掬い上げ、傲然とした表情で翡翠の瞳を覗き込んだ。


「覚悟しろよ?」
「そっちこそ」


才蔵も鎌之介も極度の負けず嫌い。引き下がるなどという選択肢はない。
いつもより激しく唇を合わせながら、二人は互いを求め合う。冷めることのない熱を奪い、与え、共有する。いつ床に押し倒したのかさえ分からない。いつ床に縫い止められたのかさえ分からない。ただ、目の前にある存在だけを、求め続けた。


120308



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