一人だけの秘密

※原作8巻ネタ
※原作のネタバレが苦手な方はご注意下さい




全ての騒動が一段落ついた上田城。先日までの殺伐さが嘘のように平和な日々が続いていた。


「鎌之介、薬、飲め!」
「だから寝てりゃ治んだよ!」
「……またやってんのか、あいつら」


激しい戦いの後、勇士全員大怪我でしばらくの間布団と仲良くしていたのだ。元来怪我に慣れている人間たちばかりだったからか数日もすればほとんどの勇士が普段通り城内を歩き回っていた。

ドタバタと走り回る二つの影。ここ数日ですっかり見慣れてしまった鎌之介と佐助の追いかけっこだ。鎌之介は薬から逃げるため、佐助は鎌之介に薬を飲ませるため走り回るのだ。

いつも逃げられるくせによく追い掛けるなぁと才蔵はその光景を縁側に座って眺めていた。薬箱を両手に持って鎌之介を追い掛ける佐助の後には雨春が続いている。雨春がいれば鎌之介が立ち止まると考えたようだがそれは甘い。鎌之介は雨春よりも薬をとったのだ。

鎌之介と佐助の姿が視界から消える。城の中に逃げ込んだようだ。
柱に背を預けて才蔵は欠伸を噛み殺す。ああやって追い回していると余計に傷口に響くのではなかろうか。
鎌之介が一体どんな相手とどんな戦いをしたのかは知らないが、身体全身に小さい穴が空くなんて尋常ではない。よく心臓に穴が空かなかったものだ。そういう悪運は強いのかもしれない。

縁側は陽が当たって気持ちいい。ここにいたら寝てしまいそうだ。そろそろ自室に戻るかと腰を上げようとした時、背後から誰かに肩を掴まれた。


「!?」
「しっ! 才蔵匿え!」


チラリと背後を窺えば、才蔵の身体を盾にするようにして鎌之介が身体を縮こめている。ピンと立てた人差し指を口元に当てて頼まれれば断ることは出来ない。上げかけていた腰を下ろし、才蔵は再び柱に背を預ける。


「才蔵! 鎌之介、どっち行った!?」
「あー、多分あっち」
「諾!」


鎌之介に遅れること数秒、少し息を乱してやって来た佐助に悪いと思いながら適当に嘘を吐く。佐助は小さく頷いて才蔵が指差した方向へと走り去っていった。その後に雨春が続く。


「おい、行ったぞ」
「ふぅ……サンキュー才蔵」


四つん這いの状態で才蔵の影から這い出してきた鎌之介はその場に腰を下ろす。隣に座った鎌之介の身体を上から下まで一通り眺めた才蔵は小さく溜息を吐いた。


「佐助の奴もお前のためを思って薬を勧めてんだぜ?」
「……それは悪いと思ってるけど……」


罪悪感はあったのか、鎌之介は眉を下げて唇を尖らせる。佐助の思いやりは充分すぎるほどに伝わっているのだろう。分かっているならいいんだと才蔵は鎌之介の頭にポンと手を乗せた。


「お前ほんとに大丈夫なのかよ。傷はほとんど塞がったみてぇだけどよ」
「大したことねぇよ」


上田城に帰ってきた時には一目で全身に小さな傷があるのが分かったが、今は全然見当たらない。鎌之介は元々回復力が良い方なのかもしれない。薬が必要ないというのも単なる強がりではないようだ。


「そういやお前、一体どんな奴と戦ったんだ?」


前々から気になってはいたのでいい機会だと尋ねてみる。すると鎌之介の身体が不自然に固まった。


「鎌之介?」
「……言いたくない」
「は?」
「言いたくないの!」


予想外の返答に思わず顔を覗き込めばプイッと視線を背けられる。腕を組んで喋るつもりがないことを主張する鎌之介の様子に才蔵は首を傾げた。
鎌之介のことだから嬉々として話し出すだろうと思っていたのに。ここまで露骨に口を噤まれると逆に知りたくなるのが人の性。才蔵から顔を逸らす鎌之介にぐっと近付く。


「そんな反応されると気になるんだよ。正直に吐け!」
「嫌だっ」
「吐ーけー」
「才蔵だけには絶対嫌だ!」


迫ってくる才蔵を押し退けようと手を伸ばすが手首を掴まれ失敗する。間近に迫った才蔵の顔に鎌之介の頬が赤く染まる。―――朽葉に見せられた幻覚を思い出したのだ。


『姫』


声が、才蔵と同じだったのだ。顔も才蔵に良く似ていた。彼は才蔵とは違い甘ったるい雰囲気だったが、それでも。一度意識しだすと止まらない。


「あ、う………」
「おい、鎌之介?」
「無理ーーー!」
「ぐふっ」


顔を真っ赤にした鎌之介の蹴りが才蔵の腹部に決まる。手首の拘束が緩んだ隙に鎌之介はその場から逃げ出した。

蹴りを入れられた才蔵は腹部を押さえながらどういうことだと焦っていた。
敵との戦いについて尋ねたら顔を赤くされて逃げられた。何故顔を赤くするんだ。一体敵に何をされたのか。才蔵の頭の中で到底口には出来ないような想像がぐるぐると渦巻く。

気になる。激しく気になる。才蔵は素早く立ち上がって鎌之介の後を追った。


「待ちやがれ鎌之介ーーー!」
「嫌ぁぁぁ!」

こうして鎌之介と才蔵の追いかけっこが始まった。
鎌之介を探していた佐助が二人を見つけて「何事……?」と呟いたことは、雨春しか知らない。


120307



top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -