短い二人旅

※鎌之介たちが弁丸に出会う前の設定
※鎌之介を上田に置き去りにしたので才蔵の出番はありません




つまらない道中になりそうだなと清海はぼんやり空を見上げた。眩しいほどの晴天。人々の喧騒などどこにもない穏やかな空気。絶好の旅日和だ。しかし。


「おい、遅せーぞ筋肉ダルマ! こんなんじゃ才蔵に追いつけねーだろ!」


騒がしい声によって静寂は破られた。その声に清海はふぅと溜息を吐いた。

景色を眺めながら歩く清海とは対照的に周囲に全く目を向けず突き進む少年とも少女ともとれる容姿の人物。鎌之介だ。

居残りを命じられたことが不服だった鎌之介は、すぐに才蔵たちを追うため佐助やアナの制止も聞かずに上田を飛び出した。その後を清海が追ったのだ。伊佐那海が心配だったのと佐助とアナに鎌之介の護衛を頼まれたからだ。


「拙僧はダルマではない」
「けっ、お前なんかダルマで充分なんだよ」
「何だ、お前を潰したことをまだ怒っているのか」
「潰されてねぇ!」


こんな血気盛んな奴に護衛などいらないと思う。佐助やアナには「絶対必要だから!」と念押しされたがこの様子なら山賊などに襲われても一人で倒してしまうだろう。事実、上田を出て数刻後に出会った山賊たちを鎌之介は一人で始末したのだ。清海の出る幕などなかった。本当に護衛なんかいらないだろう。

その考えが改められたのは京に向かう途中にある町でのことだ。
道行く人に才蔵たちの人相を伝えると峠に向かったとの情報を得た。何でも子供に道を教えられていたらしく、その珍しい光景を町人が覚えていたのだ。


「ふむ、峠か。運が良ければそこで出会えるな。よし、鎌之介―――……?」


鎌之介に聞き取りを頼むと何故か喧嘩に発展するので、聞き取りは清海が行っていた。その間鎌之介は手持ち無沙汰に出店などを眺めていたのだが―――姿がない。

どこに行ったのかと辺りを見渡せば、人混みの中に綺麗な朱髪があった。初めて見たとき伊佐那海の髪と同じくらい綺麗だと密かに感心していたのだが、まさかこんなところで役に立つとは。目立つ髪色は良いと呑気に思いながら近付いていくと、鎌之介を取り囲むようにして男が数人居るのが分かった。

訝しげに近付くと、鎌之介が苛立たしげに声を上げた。


「だ、か、ら! 俺にはんなもん必要ねーんだよ!」
「ダメダメー、君みたいな可愛い子が一人で京に行くなんてさぁ」
「俺たちが目的地まで護衛してあげるよ?」
「近道も知ってるしさぁ。俺たちについてこれば目的地にすぐ着けるよ」
「……それほんとか?」
「勿論だよ!」


清海の目がスッと細められる。各地を旅しているとたまに見掛ける光景だ。珍しいことではない。護衛してやるだの何だのと言葉巧みに近寄って、強引に行為に及ぼうとする輩はどこにでもいる。
ようやく佐助やアナが鎌之介についていて欲しいと懇願した意味が分かった。成程、確かにこれは危なっかしい。

男に肩を抱かれそうになっている鎌之介の背後から近付き、清海は男の手を払い落とした。


「護衛は必要ない」
「あん?」
「誰だテメェ」


突如現れた巨体に男はギョッとしたが、すぐに睨みつける。それに負けじと清海も数倍鋭く睨み返した。


「こいつの護衛は拙僧一人で充分。お主らは必要ない」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「お前みたいな僧侶に何ができ―――」


皆まで言わずに男が一人、吹っ飛んだ。見事な飛びっぷりであった。残りの男たちは一体何が起こったのかと地面に倒れたまま動かない仲間を見る。そして拳を固めた清海を見た瞬間、脱兎のごとくその場から逃げ出した。「ひぇぇぇぇ!」という非常に情けない悲鳴を残して。


「ふん、他愛もない」
「ダルマ?」
「清海だ。鎌之介、伊佐那海たちの行き先が分かったぞ。峠だ。さぁ行くぞ」


鎌之介の背を押し、峠の方向へと向かう。「ちょっ、押すなよ!」という抗議には当然耳を貸さない。

全く困ったものだと清海は肩を竦める。この役目は自分ではなく才蔵だろうに。そう思わずにはいられない。


「押ーすーなー!」
「ならばあんな男たちの言うことは無視しておけ。才蔵に追いつけなくなるぞ」
「………分かったよ」


才蔵の名前を出すと途端に大人しくなる鎌之介につい苦笑が洩れる。なんとも健気な姿ではないか。あれほど冷たくあしらわれたのに、こうして必死に後を追っているのだから。

才蔵が羨ましい。自分には危険も省みずに追い掛けて来てくれる存在などいないから。追い掛けてもらえる才蔵が羨ましくて仕方ない。特に鎌之介のような可愛らしい存在に追われるなど。実に幸せなことではないか。
どうも才蔵はそこのところを良く理解していないように感じる。これは是非とも後で説法をせねば。


「早く伊佐那海に会いに行くぞー!」
「馬鹿、才蔵に会いに行くんだよ!」
「どっちでも同じだろう」
「全っ然違え!」


冷徹な言葉を浴びせられて尚才蔵を慕う鎌之介が可愛くて可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。すぐに払われるだろうという予想に反し、鎌之介は大人しかった。もしかしたら頭を撫でられるのが好きなのかもしれない。調子に乗ってグリグリすると「痛えんだよ馬鹿!」と叱られた。

今までずっと一人で旅をしてきた。話し相手などいなかった。自分の言葉に反応を返してくれる存在などいなかった。だが、今は違う。一人じゃない。鎌之介がいる。それが嬉しくて楽しくて堪らなかった。


(才蔵の奴、よく鎌之介を置いていけたな)


自分なら心配で心配で仕方がない。傍に置いていないと安心などできないだろう。
取り敢えず才蔵に会ったら一発殴って鎌之介の危なっかしさについて嫌と言うほど語ってやろうと思った。


120306



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