唯一の感情

※才鎌←半
※才蔵の出番はありません




自分が興味を持つものは、数少ない。他に関心がないのだろう。服も食べ物も武器も女も。手に入れてしまえばそこまでだ。手にするまでは熱に浮かされたように行動するのに、手にした途端興味が失せる。結果ではなく過程にしか魅力を見出せないのかもしれない。それでもいいと思った。その方が自分にとって都合がいい。何か一つにのめり込むとろくなことにならない。これは経験によるものではなく、忍としての勘だ。何度か色に溺れて結果死ぬことになった忍を何人も見てきた。時には自分でそんな忍を始末したこともあった。その度に深い侮蔑が腹の底にわだかまる。愚か者が。声には出さずそう罵ったこともあった。何かに執着すること。それはきっと。毒に触れるよりも厄介なことなのだ。


********


上田城から少し離れた場所にある森。野生の動物が多く生息しているらしく、静寂は滅多に訪れず常に何かの泣き声がどこからか聞こえてくる。徳川の忍である半蔵は頭巾を被らず髪を垂らしたまま太い木の枝に腰を下ろしていた。
今回は襲撃ではなく偵察だ。真田の勇士は予想に反してかなりしぶとい。何度も奇魂を狙ってこの地に来たが、いずれも成功には至っていない。実に忌々しい。
どうやら真田の勇士は着実に数を増やしているようだ。ついこの間は訳のわからぬ僧侶が味方になっていた。一体どういう基準で選んでいるのか全く分からない。実力主義の半蔵としては真田幸村の意図を理解する気になれない。


(まぁ、どのみち死ぬんですけどね)


いくら勇士が増えようが自分が負けるはずがない。そう自信を持って断言できるほどの実力が半蔵にはあった。事実、何度も真田の勇士を絶体絶命の危機にまで陥らせているのだ。
半蔵の顔が曇る。この間のことを思い出したのだ。あと少しで真田の勇士である忍を殺せるところまでいった時、突如現れた鎌使いに邪魔をされたのだ。


(あの変態、一体何だったんでしょうね……)


男か女か分からぬ顔に、変態的発言。一目見て関わり合いになりたくないと思った。しかしあの風には少しばかり興味がある。味方につければかなり役立つだろう。


(ま、あり得ませんけど)


足をブラブラとさせて溜息を吐く。鎌使いはどうやら勇士の忍に惚れ込んでいるようだった。ああいうのはたとえ手籠めにしたとしても言うことを素直に聞いたりはしない性質の人間だ。口説くだけ無駄だろう。


「………ん?」


そろそろ帰ろうかと思った時、こちらへとやって来る人影が見えた。半蔵は木の枝の上にいるので相手に姿は見えていないはずだ。上田の人間だと姿を見られたら後々面倒なことになる。気配を完全に消して様子を窺っていると、どこかで見たことのある人間がそこにいた。


(あれは………あの時の変態)


姿を現したのは半蔵の邪魔をし、真田の勇士となったらしい変態だった。確か名前は由利鎌之介といっただろうか。鎌之介はきょろきょろと辺りを見回している。上にいる半蔵には気づいていないようだ。
ここは上田の森だが、城があるのはもっと向こうだ。それなのにどうしてこんな所にいるのだろうか。思わず首を傾げると、あーっ!と鎌之介が朱髪を掻きむしりはじめた。


「どこだここっ! 訳わかんねぇ!」


ああ、なんだ迷子か。一瞬でも自分の存在に気付いてやって来たのかと思ってしまったことが恥ずかしい。調べによれば鎌之介が勇士の一員となったのは最近のことらしい。まだ上田の土地については詳しくないのだろう。半蔵でさえまだ全体像を把握できていないこの森で、新参者である鎌之介が迷わないはずがない。


「にょろもどっかいっちまうし! 場所はわかんねーし! 広すぎんだよここは!」


虚空に向かって文句を言う鎌之介を上から眺めながら半蔵は唐突に変な気持ちに囚われる。くるくると変わる鎌之介の表情を、面白いと思ったのだ。


「つーか才蔵が悪いんだよ! 才蔵がアホ女ばっかり構うから……」


文句はだんだんと小さくなり、ついには黙り込む。俯いてしまったためにその表情を窺い知ることはできない。しかし何となく半蔵には分かってしまった。お前は察しが良いと家康に嫌味なのか褒め言葉なのかよく分からない言葉を賜る半蔵である。きっと忍と喧嘩でもして上田城を飛び出してきたのだろうと推測する。多分間違っていないはずだ。

黙り込んだと思ったら怒りだしたり、怒りだしたと思ったら今度は不安そうな顔になったり。喜怒哀楽が激しいというか、感情表現が豊かというか。見ていて飽きない。面白い。鎌之介をじっと観察していた半蔵は驚いた。他人に対してほとんど興味を持たない自分がこんな感情を抱くなんて。


(これはいい)


自分に面白いという感情を与えた鎌之介に俄然興味が湧いてくる。半蔵は枝から飛び降り姿を現す。気配も消さず、髪も晒したままだ。
突如目の前に降り立った半蔵に鎌之介はぎょっとする。自分一人だけだと思っていたのに他にも人が居たのだ。しかもそれが敵であったのだから驚くのは無理もない。


「お前……出雲の時の!」
「あの時はどうも。貴方のお陰で酷い目に遭いましたよ」


見開かれる翡翠の瞳に半蔵の姿が映る。鎌之介の手が鎖鎌に伸びるが、それは半蔵によって阻まれた。ガッと腕を掴まれ鎖鎌を取り落とす。しまったと思う暇もなく鎌之介は木の幹に押しつけられた。圧迫感に息を詰まらせると、半蔵はククッと喉の奥で笑った。


「駄目ですよ、武器なんて。危ないでショ?」
「ざけんな……!」
「今日は戦うつもりで来たんじゃないんですから、困ります」
「はぁ……?」


てっきり出雲の時のように才蔵達を襲いに来たのだと思っていた鎌之介は拍子抜けする。才蔵に危害を加えるようならばここで仕留めてやろうと考えていたのに、戦うつもりはないと言われてもどう反応したらいいのか分からない。
訝しげな表情を浮かべる鎌之介に半蔵はぐっと顔を近づけた。鎌之介は条件反射的に身を引くが、木の幹に押しつけられているせいで引くに引けない。半蔵の鋭い視線に見つめられる。ものすごく居心地が悪い。得体の知れない気持ち悪さに身体を縮こませると、ふぅんと意外そうな声を上げられた。


「案外大人しいんですね。助けを呼んだりとかしないんですか?」
「は? 何だよお前、訳わかんねー」
「ほら、例えば助けてさいぞー、とか」
「………どーせ才蔵はこねーよ」
「ふぅん?」


何言ってんだこいつ、というような顔をして鎌之介は視線を逸らす。その横顔は少し淋しそうに見えた。ああ、こんな顔もできるのか。半蔵は新たな発見に少し嬉しくなる。鎌之介はそんな彼の様子に気づかないのか、ぽつぽつと言葉を零し始めた。


「才蔵はバカ女のことしか考えてないし、俺のことなんかどーでもいいんだよ」
「………そうですか?」
「そうなの! 才蔵なんて、来なくていい………」


翡翠の瞳が潤み始め、鎌之介の声から元気がなくなる。ふむ、と半蔵は考え込む。よく分からないが、この表情はあまり好きではない。何だかこちらまで胸を締め付けられるような、苦しいような、不思議な感情にとらわれるのだ。何気なく手を伸ばし、頭を撫でる。驚いたように顔を上げる鎌之介に、半蔵は囁くようにして言う。


「俺が見ていた限り、君は随分あの忍に大切にされているようでしたけど?」
「……え……」
「あの忍の弱点は君だと思っていましたよ。そしてそれは多分間違っていない」
「才蔵が、俺を?」
「ええ。君が傍にいないと落ち着かなさそうにしていた姿を何度か見ましたけどね」


何を言っているんだろうか。まるで目の前の敵を励まそうとしているようだ。半蔵は自分の行動の無意味さに気付いていたが、何故か言葉は止まらなかった。


「誰かに大切にされているとか、想われているとか。そういうものは自分では分からないものだと思うけどね」
「それは……」
「今度からはもっとよくあの忍のことを見てみたら、何か分かるかもね」


半蔵自身、鎌之介をよく見ていて分かったことがある。ただの変態ではないということとか、出雲のときのように笑っていた方が可愛いとか。


「………帰る」
「送ってあげましょうか?」
「いい、いらない」
「迷子になると思いますけど」
「………じゃあ、頼む」


自分の言葉一つで左右される目の前の存在が愛おしい。ただの変態だと思っていたが、こんなにも可愛いものだとは想像もしていなかった。
まずいな。半蔵は鎌之介の頭を撫でながら危機感に煽られる。あれだけ特別なものを作らないように気をつけていたのに。何にも執着しないようにしていたのに。今、自分は鎌之介に惹きつけられている。これは非常にいけない傾向だ。しかし鎌之介への興味を失う事も出来ない。これが葛藤というやつなのだろうか。

こんな姿は誰にも見せられないなと考えながら鎌之介の手を引いて歩く。敵である自分に大人しく着いてくる鎌之介は大丈夫なのだろうか。真田の勇士たちは一体どういう教育をしているのか。そんな下らないことばかりつい考えてしまう。しかし悪い気しなかった。


(ああ……やってしまいましたね)


見つけてしまったのだ。唯一の執着。唯一の存在。唯一の想い。忍にあってはならない感情。唾棄すべきものだと常々思っていた感情。嫌悪していたはずの感情。それにいま自分が浸っている。そしてそれを構わないとさえ思っている。
自分は変わってしまったのだ。この鎌之介という存在をよく知ることで、変わらされてしまったのだ。


(………でも、悪くない)


手から伝わる温もりが、やけに心地よかった。



120302


結局上田城まで連れて行ってもらって大騒動になるに違いない



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