言葉一つで揺らぐのは

※苺大福さまリクエスト
※「5巻act25捏造/才鎌+筧で才蔵に酷いこと言われて泣いちゃう鎌之介を筧さんが慰める」
※鎌之介は才蔵の後を追っかけていません。そして筧さんもばっちり上田にいます
※捏造設定が苦手な方がおられましたらご注意下さい






お前、ウッゼ。そう告げた時の才蔵の顔と声が頭から離れない。特別役にも立たねーんだから。そう言われた時の絶望と恐怖が、忘れられない。自分を置いて去って行ってしまう後ろ姿を呆然と見つめながら、その場に必死で立っていた。今にも脱力してしまいそうな足に力を込めて、自分が一人置いていかれるのを感じていた。


********


自室に一人、座り込む。誰もいない。当然、才蔵も。先程告げられた言葉がずっと頭の中で響いている。おかしい。どうして自分はただ一人の男の言葉だけでこんなにも傷ついているのだろうか。今までだって他人に心ない言葉を言われたことはある。その時は何も感じなかった。勝手に言わせておけばいいと思った。
それなのに、今回は。才蔵に言われた言葉には、強い衝撃を受けた。うざい、役に立たない。そう言われた瞬間、自分の中の何かが壊れた気がした。それが何だったのかは分からない。ただ、自分は才蔵には必要ない存在なんだという事実だけが、胸の奥に残る。


「ふ……っ……うっ、」


必要ない。そう考えた瞬間、ぽたぽたと瞳から何かが零れ落ちた。それは鎌之介の手を濡らしていく。うっとうしくて拭おうとするが、手を動かす気力さえもはや無かった。次から次へと溢れてくる涙に、自分の惨めな姿が映っているように感じた。


「う、う……っ」


大声で叫びたい。この胸にわだかまった訳の分からぬ感情を、すべて吐き出してしまいたかった。けれど、それをしてしまうと本当に惨めで、情けなくて。鎌之介は必死で声を抑えて手を握り締める。泣いてはいけない。きっとこの程度のことで泣いてしまう奴など才蔵は嫌いなはずだ。才蔵に、嫌われたくない。
どうしてそう思うのか。鎌之介にはよく分からなかったが、才蔵に嫌われたくないという一心で、声を押し殺して、涙を必死に堪えて、一人泣いた。


********


鎌之介が自室から出てこなくなった。佐助が食事を運んでも全く手をつけないし、アナが声を掛けても返事をしない。その話を聞いた十蔵は眉間に皺を寄せた。十蔵の知っている鎌之助といえば元気溌剌といった言葉が一番似合う人間だったからだ。佐助とアナが十蔵に助けを求めるようにしてその話を持ってきたのは、いま上田に残っている人間の中で彼が一番鎌之助と親しかったからだろう。

親しいというのには少し語弊があるかもしれないが、鎌之介は十蔵を「火縄のおっさん」と呼んでよく火縄を物珍しそうに見に来るし、十蔵も鎌之介の純真な部分にすっかり絆され、案外良好な関係を築いていた。佐助もアナも藁にも縋る思いなのだろう。どちらの顔にも不安と焦燥の色が見えた。

十蔵はすぐに鎌之介の所へと向かった。部屋の前に立つと、中に気配は感じるが何の物音もしない。障子に手を掛け、少し躊躇ったがゆっくりと横に引いた。
鎌之介は、十蔵に背中を向けるようにして座り込んでいた。まるで立っていた状態から力が抜けてしまったかのようだ。十蔵は眉を寄せて部屋に足を踏み入れる。気配には気づいているだろうに、鎌之介は振り向こうともしなかった。


「鎌之介……?」


小さく声を掛ける。するとビクリと肩が震え、朱髪が揺れる。華奢な身体は余計に細く見え、とても頼りない。まるで触れたら消えてしまう淡雪のようだと思った。


「どうしたのだ、鎌之介。みんな心配しているのだぞ」
「…が、」
「………?」
「さいぞ、が」


今にも闇に消えてしまいそうな声で呟かれた言葉は可哀想な程に震えていた。発した傍から空虚に呑まれてしまいそうな、心細そうな声。十蔵は胸がズキリと痛むのを感じた。


「才蔵が、俺はいらないって、言った」
「鎌之介……」
「うざい、って。役立たずだって、言った……」


自分が発する言葉に傷ついているかのように、鎌之介の身体がふるふると揺れる。十蔵には鎌之介の表情は見えない。鎌之介は左手でぎゅっと右腕を握っている。まるで震えを抑えようとしているかのようだった。その姿に痛ましさを感じ、十蔵は掛ける言葉を失った。

あの場には十蔵も居た。才蔵が淡々と鎌之介に言葉を投げかけるのを見ていた。才蔵は普段通りあしらうつもりで言っていたのかもしれないが、傍から聞いていた十蔵にはいつもより発言が冷たいように感じた。それは幸村たちも感じていたのか、皆不思議そうだったが、鎌之介が大人しくなったので特に気にしなかったようだ。いま思えばあの時から鎌之介の姿を見なくなったような気がする。才蔵の言葉が鎌之助をここまで傷つけたのだ。


「別に、才蔵にこういうこと言われるの、初めてじゃないし、何とも思ってない……」


嘘だ。何とも思っていないのに、そんな悲しそうな声は出ない。


「傷ついてなんか、ない…」


嘘だ。傷ついていないのなら、そんなに身体が震えるわけがない。


「それなのに、どうして………」


ずっと背中を向けていた鎌之介が朱髪を揺らして振り向いた。目元は赤く染まり、頬には涙の跡が色濃く残っている。翡翠の瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。


「どうして、こんなに、悲しいんだろ………?」


無理やり微笑もうとする鎌之介の姿に、それ以上、耐えられなかった。十蔵は鎌之介に近づきそっと肩に触れる。ぎゅっと唇を噛み締めた鎌之介と視線を合わせるようにしてその場に片膝をつく。白い頬に流れ落ちた涙を指の腹で拭い、十蔵は鎌之介の細い身体を抱き締めた。


「よく聞け、鎌之介。才蔵の言ったことは本心からではないのだろう。あいつは任務には私情を持ちこまぬ男。幸村さまの命令に従うべきだと思ったのだろう」
「……………」
「確かに才蔵の言い方は少しきつかったもしれない。だが、あいつがお前のことを本当に大切に思っているのは某だって知っている。お前もそれは分かっているのだろう?」
「………それ、は」
「鎌之介、無理はするな。泣きたければ泣けばいい。ここには某しかおらん。辛いなら辛いと言えばいい、悲しいなら悲しいと言えばいい。某は何でも受け止めてやるぞ」
「……う、く……っあ、」


こんな言葉で鎌之介を救えるなどとは思っていない。きっと鎌之介を救えるのは才蔵だけだ。しかし、今にも消えてしまいそうな鎌之介を放っておくことなど十蔵にはできなかった。
十蔵の胸に縋りつき、声を出して泣き始めた鎌之介の頭を優しく撫でる。ただこうして泣き場所を与えることしかできない自分の無力さに腹が立つ。そして、鎌之介をこんなにも傷つけた才蔵にも。

十蔵は早くこの哀しみの中から鎌之介を救ってやりたいと、強く願った。


********


幸村たちが京から帰って来た。幸村に選ばれた顔触れに途中で追いかけていった清海、そして新しい勇士だという弁丸と甚八を加えた総勢7名は佐助やアナに出迎えられた。いつの間にか大所帯になっている幸村一行にアナは呆れたように溜息を吐くが、その隣に立つ佐助はむっと不機嫌そうに才蔵を睨んでいた。


「どうしたのだ、佐助。顔がむくれておるぞ?」
「………我、怒ってる」
「え、儂にか?」
「否! 才蔵、お前、馬鹿!」
「はぁ?」


帰って来て早々罵倒された才蔵は眉を寄せる。全くもって意味が分からない。アナに視線を遣るが、彼女も佐助と同じように才蔵を睨んでいる。よもやアナにまでそんな顔をされるとは思ってもみなかった才蔵は動揺した。


「な、何だよお前ら……。ていうか、鎌之介と筧さんは? いないのか?」
「才蔵、即、死ね」
「なんでだよっ!」


殺気を放つ佐助の様子にさらに困惑する。ただ姿の見えない鎌之介と十蔵について尋ねただけなのにどうして即死ねなどと言われなければならないのか。才蔵が戸惑っていると、屋敷の方から十蔵と鎌之介がこちらにやって来るのが見えた。十蔵は堂々と歩いていたが、鎌之介はそんな彼の影に隠れるようにして歩いていた。その時点で才蔵は「……?」と違和感を感じたが、十蔵が声を掛けてきたので何も言わなかった。


「おお、皆よく無事だったな。幸村さまもお変わりないようで」
「うむ、留守の間、よくやってくれたようだの」
「何だか2人ばかり増えているようですね。―――才蔵」


一同を見回した十蔵は、最後に才蔵を見つめた。名前を呼ばれた才蔵はどうしたのかと目を瞬くが、静かな瞳をした十蔵の意図は読み取れない。


「鎌之介も来ているぞ」
「……………」
「………?」


十蔵が身体を少しずらせば鎌之介が姿を現す。俯いていた鎌之介が恐る恐る顔を上げ、才蔵を見た。才蔵は出発する前よりも幾分か痩せたような鎌之介を前にして、再び違和感を感じる。
上田城が見えてきた頃から、きっと帰ったらすぐに鎌之介に「ヤろうぜ、才蔵!」と飛びかかられるものだとばかり思っていた。それなのに、鎌之介は飛びかかってくるどころか一番最後に姿を現したのだ。何かおかしいと感じたが、それを今ここで口に出すのは何だか気が引けた。


「何だかお前大人しいな。腹でも痛いのかよ」
「あ、えっと………」
「おい、鎌之介?」
「な、…なんでもないっ」
「ちょ、おい!?」


ダッと屋敷の中に逃げ帰ってしまった鎌之介の背中に手を伸ばすが、届かない。才蔵は呆然とした。鎌之介に逃げられたことなど初めてだったのだ。それに、いつも自分を真っ直ぐ見つめてくる鎌之介が、先程は視線を泳がし決して才蔵と目を合わせようとしなかった。それが何故か酷く重く心に圧し掛かる。鎌之介に拒絶されたようで、胸の奥がズキリと痛んだ。


「才蔵」
「か、筧さん、あいつ、一体どうし―――」


ゴッと実に小気味の良い音が響いた。きゃあ、という悲鳴は伊佐那海のものだろうか。痛みを感じるよりも前に、才蔵は地面に倒れ込んでいた。何が起こったのか把握するよりも早く、胸倉を掴まれる。その人物が十蔵であるということに驚いた。
十蔵は才蔵の胸倉を掴む手に力を込め、辺りに響き渡るような大声で叫んだ。


「馬鹿か、お主は! 自分の言葉には責任を持て! お前にあのような冷たい言葉を投げつけられて、鎌之介が傷つかんとでも思っていたのか!」
「……は、」
「自惚れるのもいい加減にしろ! いつでも鎌之介がお前を追いかけて来てくれるなどと思うな! お前に鎌之介の傍にいる資格など無いっ!」


口を挟む暇さえ与えず一気に捲し立てる十蔵に、才蔵は言葉を失った。言いたいことは言い終わったのか、胸倉を掴んでいた手がゆっくりと解かれる。地面に座り込む才蔵を静かに見下ろした十蔵は、今度は静かに口を開いた。


「某には、これ以上あいつを救ってやることはできん。それができるのは才蔵、お前だけだ。どうか、頼む。あいつに、笑顔を戻してやってほしい」
「………筧さん」
「頼む」


自分の無力を知った上で、ここまで真っ直ぐに人に後を委ねることができるなんて。才蔵は十蔵が自分なんかよりも大人であるということを再度教えられた気がした。
鎌之介の顔が浮かぶ。上田を発つ前、最後に見た顔。目を見開いて、呆然としたように立ち竦んでいた鎌之介。そして今。常に真っ直ぐに、才蔵を求めてくれる鎌之介が走り去っていく姿。自分の傍から鎌之介がいなくなってしまうことを想像した時、ぞっとした。そんなのには到底耐えられないと思った。失いたくない、ずっと傍に居てほしい。そう願わずにはいられなかった。


「筧さん」
「……何だ」
「ありがとう」


気付かせてくれて。最後までは言わずに才蔵は鎌之介の後を追うようにして屋敷へと向かって行った。その後ろ姿を見送った十蔵に幸村が近づいてそっと呟いた。


「本当に、御苦労だったの」
「……いえ」


これは自分でしたくてやったことですから。そう言って、十蔵は小さく微笑んだ。


********


きっと鎌之介は自室にいる。足音を隠しもせずに才蔵は廊下を駆ける。早く鎌之介に会いたい。会って、抱き締めたい。謝りたい。鎌之介に会いに行く時間さえ惜しい。才蔵は全力で走った。

鎌之介の部屋の前に着く。障子は少しだけ開いていた。深呼吸してから、そっと開けて中に入る。すぐに座り込んでいる鎌之介に気付いた。俯いていた鎌之介が、パッと顔を上げる。その瞳に浮かぶ涙を見た瞬間、才蔵は心臓が押しつぶされるような感覚に襲われた。

何よりも守りたいと思っていた存在を、自分が傷つけた。いくら命令を聞かなかったからといって、もっとやりようがあったのではないかという後悔が今更溢れ出てくる。京には危険もいっぱいある。そんな所へ鎌之介を連れていきたくないという気持ちも働いたのかもしれない。だから、あんなに冷淡な言葉で、突き放してしまった。あの時に帰って自分をブン殴ってやりたいと思った。


「鎌之介」
「…さ、いぞ…」
「悪かった」


優しく、怖がらせないようにそっと抱き締める。この瞬間をどれほど待ち望んだだろうか。才蔵は強く掻き抱きたい衝動に駆られながら、鎌之介の頭をゆっくりと、慈しむように撫でた。


「俺が悪かった。お前がこんなに傷ついてるなんて、知らなかった。ごめん。鎌之介、ごめん」
「さいぞ…っ」


じわりと鎌之介の瞳に涙が浮かぶ。その目元が赤いことに気付いた才蔵は、一体どれほど長い時間泣かせてしまったのだろうかと唇を噛む。想いを通じ合わせた時、絶対に守ってみせると誓ったのに。あろうことか自分自身が鎌之介を傷つけてしまった。
そっと身体を離して鎌之介の肩に手を置き、才蔵は真っ直ぐに前を見て、心の底からの言葉を伝えた。


「許してくれなんて言わない。だけど、これだけは言わせてくれ。俺には、お前が必要だ。お前がいなきゃ、生きていけない」
「……………!」


鎌之介の目が見開かれる。その拍子に涙が一粒、零れ落ちた。それを指先で拭ってやりながら、才蔵は赤くなってしまった目元にそっと唇を落した。酷く傷つけてしまった愛しい人を、慈しむように、優しく。
その唇の温かさに、触れる手の優しさに。鎌之介は再び溢れそうになる涙をぐっと堪えてふわりと綻ぶような笑みを浮かべた。


「ばか才蔵……。仕方ないから、許してやる」
「鎌之介………」
「俺も、才蔵がいないと駄目なんだ」


そう言って、ぎゅっと胸元に縋りついてくる鎌之介が愛しくて。才蔵は今度は躊躇うことなく、鎌之介の身体を掻き抱いた。


もう二度と離さないとでもいうかのように、強く、強く。




120228


苺大福さま、リクエスト有難うございました!



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