※猫さまリクエスト
※「才鎌で稽古をしながらイチャってる感じの話」
キィンと刃同士が触れ合う鋭い音があたりに響き渡る。音の根源は明らかに戦闘によるものだったが、その場には切迫した雰囲気は微塵もなく、むしろ楽しんでいるかのような空気が流れていた。
「どうした鎌之介!? 動きが鈍くなってるぜ?」
「うるせぇなっ」
才蔵と鎌之介は度々上田城近くの森に来ていた。屋敷内で暴れるともれなく六郎に叱られるためだ。才蔵と鎌之介は度々こうして刃を交えることがある。といっても本気の殺し合いではなく、自分の実力を上げるための稽古のようなものだ。出会った当初こそ相手に怪我を負わせるなど当然だと思っていたが、今は違う。二人は互いに愛し合っている。掠り傷こそあれ流血といった大きな怪我は全くなかった。
「今日こそ潰してやっからな、才蔵!」
「できるもんなら、な」
山賊をやっていただけのことはあり、鎌之介は強い。今まで数々の強敵を倒して来た才蔵でさえ手こずるほどだ。今も鎌之介に圧されている。さてどうしたものかと鎖鎌を摩利包丁で打ち払いながら才蔵は熟思する。そろそろ終わらせないと十蔵に勇士としての仕事を放置しているだのなんだのと怒られてしまう。しかし鎌之介は誰もが認める戦闘狂。どちらかが立ち上がれなくなるまで戦わないと納得しないだろう。だからといってわざと負けるのもつまらない。そこまで考えて、ぱっと頭の中に名案が浮かぶ。これはいい。試してみる価値はあるし、何より鎌之介の反応を見てみたい。才蔵は再び襲いかかって来た鎖鎌を今度は受け止め、鍔迫り合いの状態に持ち込む。鎌之介との距離がぐんと近くなった時、才蔵はニッと口角を上げた。
「昨日の夜は最高に可愛かったぜ」
「!!?」
そっと囁くように告げれば翡翠の瞳が見開かれる。白い頬は赤に染まり、力も緩んだ。何か言葉を発しようにも上手くいかないのか、口はただ開閉を繰り返すだけだ。鎌之介は非常に初だ。普段声高に「ヤろうぜ!」などと言っている人物と同じだとは思えない。そのギャップが可愛らしくて才蔵は時々こうして鎌之助をからかう。それを今回は稽古中にやってみたのだが、予想以上の反応だった。
「な、ば、ばっかじゃねぇの!?」
「お、隙ありっ」
「なっ……!」
才蔵の発言に動揺した鎌之介は鎖鎌から力を抜いてしまっていた。そこを的確に狙い才蔵は摩利包丁で鎖鎌を軽く薙ぎ払って鎌之介の体制を崩させる。鎌之介の手から鎖鎌が零れ落ち、地面に転がる。そして、鎌之介自身もまた才蔵によって地面に縫い止められる。形勢逆転、顔の横に突き刺さった摩利包丁をちらりと見た鎌之介は自分を見下ろす才蔵を不満そうに睨みつけた。
「こんなんずりぃぞ! 卑怯者っ」
「引っ掛かるお前が悪いんだよ」
「才蔵のあほー!」
憤慨する鎌之介を見つめて才蔵は笑う。鎌之介の中で自分が一体どれほどの部分を占めているのか。それは分からないが、自分の言葉一つで大好きな戦いを一瞬でも忘れてしまう鎌之介が愛おしい。ゆっくりと鎌之介の朱髪を指で梳き、唇を寄せる。するとまた鎌之介は顔を赤くする。こんな小さな動作にさえ照れてしまう存在が愛おしくて大切で、ずっと守ってやりたいと思う。苦しみも哀しみも、全てまとめて薙ぎ払ってやりたくなる。才蔵にとって鎌之介は自分を満たしている存在、傍になくてはならない存在にまで大きくなっていた。自分も相当なものだな、と心中で苦笑する。
才蔵に押し倒されるような格好の鎌之介はまだ暴れ足りないのか非常に不満そうだった。むーっとむくれて才蔵を睨んだままだ。しかしその頬は微かに赤い。ずるい。才蔵はずるい。鎌之介は自分の頭を撫でる優しい手の感触に絆されそうになりながら、口には出さずに文句を言う。いつも才蔵ばかりが鎌之助を振り回し、からかわれているような気がする。誰かを愛することを知らなかった鎌之介は才蔵に出会い初めて「愛する」というものを知った。それがとても優しくて心地よくて温かいものだということも、才蔵に教えてもらったのだ。そのせいかは分からないが、何だか自分だけが一生懸命で、才蔵は余裕があるように見える。ずるい。鎌之介は自分も余裕ぶっている才蔵に何か仕返しをしてやりたいと思っていた。さて、一体何をしようか。じっと才蔵を見つめていた鎌之介は、そうだ、とぱっと顔を輝かせる。自分も才蔵に同じようなことをすればいいのだ。
才蔵に拘束されている左腕ではなく、自由な方の右腕を彼の首に回す。突然の行動に驚いたような才蔵に妖艶に微笑んだ鎌之介はぐっと腕に力を込めて彼を引き寄せた。重なり合う唇。才蔵の目が見開かれる。何が起こっているのか理解できていないようだ。左腕を拘束している力が弱まったのを逃さず、鎌之介は才蔵の手を振り払って地面に転がったままの鎖鎌を手に取る。そしてそれを横薙ぎに一閃する。当然才蔵はその攻撃をかわすために鎌之介の上から飛び退く。狙い通りだ。鎌之介は自由になった身体を起こして立ち上がり、動揺を露わにする才蔵にニヤリと笑って見せた。
「引っ掛かったお前が悪いんだぜ、才蔵?」
「てめっ………!」
「まだまだヤりたりないんだよ、付き合え!」
先程才蔵に投げかけられた言葉をそっくりそのまま返し、鎌之介は鎖鎌を構える。まんまと引っ掛かった才蔵は痛む頭を片手で押えた。鎌之介が余計な知恵をつけてしまった。自分が鎌之介に弱いことを知っている才蔵は、何度もこんな手を使われたら堪らないと焦る。才蔵は決して余裕などないのだ。鎌之介はとても愛らしく、虎視眈々と狙っている者も多い。まず勇士内に多すぎる。そんな鎌之助と付き合っている才蔵はいつも気が気でない。自分の知らないところで鎌之介が襲われていたらどうしようなどといらぬ心配を常にしているほどなのだ。余裕などあるはずがない。才蔵も鎌之助と同じくこの恋愛に一生懸命なのだ。
自分の考えた作戦がまさか裏目に出るとは思ってもみなかった才蔵は深い溜息を吐く。鎌之介の反応を見てみたいと欲を出したのがいけなかった。地面に突き刺さったままだった摩利包丁を引き抜く。どうやら今日は十蔵に怒られなければならないようだ。あの人も大概説教が長いんだよなぁ…と考えつつ、才蔵は苦笑しながら武器を構えた。
120226
猫さま、リクエスト有難うございました!
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