幸福な未来はすぐそこに

※匿名さまリクリスト
※「才♀鎌で才蔵の子供妊娠して焦ったり、妊娠してるのにも関わらず戦いたがってみんなに止められる鎌之介」
※妊娠ネタです。苦手な方はご注意下さい




最近身体の調子が悪い。何もしてないのに気持ち悪くなったり、身体が怠くなったりと不調は様々だ。こんなことは今までに一度もなかった。鎌之介は得体の知れない恐怖に身体を震わせる。何か悪い病気だったらどうしよう。不安になる気持ちを必死に抑え、自室で膝を抱える。


「才蔵………」


小さく呟いた名前に胸が熱くなる。才蔵は数日前から佐助と長期任務に就いている。彼は今、上田にいない。鎌之介は膝に顔をうずめて一人孤独に耐えた。


********


「鎌之介の様子がおかしい?」


任務から帰ってきたその日、厳しい顔つきをしたアナにそう告げられた才蔵は眉間に皺を寄せた。


「そうなのよ。食事には手をつけないし部屋からも全然出て来なくて……」
「……分かった。アナ、お前も一緒に来てくれ」
「私も?」
「女のことは女同士の方がよく分かるだろ」
「なるほどね」納得したように頷くアナを引き連れて才蔵は鎌之介の部屋へと向かった。

********


鎌之介の部屋の前に立つ。辺りは静寂に包まれ奇妙なほど何の物音もしない。才蔵はアナと顔を見合わせる。アナはお手上げとばかりに肩を竦めて見せた。
鎌之介はいつも騒がしい。小さなことで伊佐那海と喧嘩し、廊下で昼寝をすれば六郎に叱られ、女らしくないことをすれば十蔵に小言を言われる。元気で、明るくて、可愛くて。才蔵が帰って来たら誰よりも早く迎えに出てくるような奴なのだ。それが姿を現すどころか部屋から出てくることさえしない。一体どうしたというのだろうか。心配で堪らない。ぐっと拳を握り締めて、才蔵は襖に手を掛けた。


「鎌之介、入るぞ」


ゆっくりと開けて部屋の中に足を踏み入れる。鎌之介はすぐに見つかった。部屋の壁に背を預けて膝に顔をうずめている。その姿は今にも消えてしまいそうなほどに頼りない。心なしか痩せたようにも感じる。才蔵は静かに歩み寄り、鎌之介の前で膝をつく。


「鎌之介」
「……才蔵……?」


優しく頭を撫でてやれば鎌之介が顔を上げる。顔色は悪く瞳は微かに潤んでいる。ズキリと胸が痛むのを感じた。こんな不安定な状態の恋人の傍にいてやれなかったことに酷く苛立つ。自分の情けなさに怒りが込み上げてくるが、今は不調の原因を探るのが先決だ。才蔵は頭を撫でつつ尋ねる。


「鎌之介、どうしたんだ? どこか痛むのか?」
「……………」


ふるふると首が横に振られる。痛みは感じていないということに少し安堵し、再度尋ねる。


「じゃあどうしたんだ?」
「……分かんない」


目を伏せて答える鎌之介の声は微かに震えていた。


「何かよく分かんないけど……食欲出ないし、熱出るし、怠いんだ」
「………風邪か?」


症状を聞いている限り風邪のように感じる。鎌之介の様子を見ているとそれほど酷いものではないようだ。才蔵はホッと胸を撫で下ろす。しかし才蔵の背後で黙って話を聞いていたアナはぎゅっと眉を寄せて口を開いた。


「ちょっと待って。鎌之介、あなた、月のものはちゃんときてる?」
「はっ!?」


何故突然そんな話が出るのか。才蔵は驚いてアナを見つめるが彼女の顔は至って真剣であり冗談を言っているようには感じられなかった。鎌之介はぱちぱちと数回目を瞬いてから、小さく呟く。


「そういえば、きてない、かも……」
「えっ!?」
「やっぱり………」


それが何を示すのか。才蔵にはさっぱりだったが、アナは違った。額に手を当て目を閉じ溜息を吐く。そして軽く頭を振った後、蒼色の瞳で才蔵と鎌之介を見下ろした。


「鎌之介、貴方もしかして―――」


********


「ご懐妊ですね」


にこやかな表情で医師にそう告げられた鎌之介はピシリと固まった。その後ろでは付き添いのアナと伊佐那海が手を取り合って喜んでいる。ご懐妊。その言葉が何を表すのかは鎌之介にも分かる。心当たりもあった。
医師が帰った後、伊佐那海が鎌之介に抱き付いた。


「良かったね、鎌之介!」
「……………」
「鎌之介?」


抱き付いたままの姿勢で伊佐那海は鎌之介を見上げる。鎌之介は呆然としたように座り込んだまま「どうしよう……」と呟いた。


「どうしよう、子供なんて、俺、生めないし……」
「え、どうして!?」
「だって、妊娠なんてしたことねーし…。子供なんて、そんなの、俺……」
「鎌之介……」


今まで男として生きてきた鎌之介にとって自分が女であることを眼前に突きつけられたようなものだ。戸惑いもするだろうし、新しい命を授かったことへの不安もあるだろう。しかし鎌之介が抱いている不安はそれだけではないように思えた。


「それに………」
「それに?」
「才蔵に、迷惑掛かるし………」


なるほど。一番の悩みどころはそれか。アナは腕を組んで壁に凭れる。鎌之介の気持ちは分からないでもない。これは自分一人だけの問題ではないのだ。


「子供なんて……才蔵にとって重荷にしかならないだろ」
「鎌之介……」
「だから、俺は―――」
「ばっかじゃねぇの」


閉じられていた襖がいつの間にか開けられ、才蔵が現れた。どうやら今までの話は全て聞いていたらしい。眉を寄せて不機嫌そうに目を細めている。伊佐那海が鎌之介から身体を離す。才蔵が近付いてきたからだ。ここから先は二人でじっくり話し合ったほうがいい。アナは伊佐那海と共に部屋を出た。
二人きりの空間。鎌之介は沈黙に耐えきれずに俯く。きっと怒られる。忍である才蔵に子供など邪魔なだけだろう。拒絶が、怖かった。ただ才蔵に拒まれることだけが、怖かった。


「……鎌之介」
「………ごめ、ん」
「何で謝るんだ」
「だって、迷惑だろ? 子供なんて、いらないだろ?」


自分が惨めで情けなくて涙が零れる。才蔵に迷惑を掛けることしかできない自分に嫌気がさす。何とか堪えようとするが、我慢すればするほど涙が溢れてくる。こんな情け無い姿をこれ以上見せたくなくてその場から逃げ出そうとすると、優しく抱き締められた。


「さい、ぞ……?」
「ありがとう、鎌之介。すっげぇ嬉しい」
「え………」
「迷惑な訳ないだろ。お前との子供だぜ。嬉しくて仕方無いんだ」
「……才、蔵……」


拒絶されると思った。嫌われると思った。それなのに、才蔵は受け入れてくれた。優しく抱き締めて、笑って嬉しいと言ってくれた。鎌之介は再び涙が溢れるのを感じた。それは悲しみの涙ではなく、嬉しさからの涙だった。


********


上田城には刺客がそれなりの頻度でやって来る。それは幸村の命を狙っている者であったり、伊佐那海の奇魂を狙ってくる者であったりと様々だ。そしてその刺客を撃退するのは勇士たちだ。特に才蔵、佐助、鎌之介が主体となって刺客との戦闘は行われていた。


「由利鎖鎌奥……」
「鎌之介、戦う、駄目!」
「何でだよっ!?」
「身体大事、子供いる!」


しかし最近、鎌之介は全く戦わせてもらえなかった。それも当然だ。鎌之介の身体には子が宿っているのだから。幸村から戦闘禁止の命令まで出ているほどだ。だが元々戦闘狂である鎌之介に何もせずにじっとしていろなど不可能な話だ。いつも戦闘に参加しては才蔵を筆頭に佐助や六郎、十蔵などにこっぴどく叱られている。それでも鎌之介は戦うことを止めなかった。


「緑だけズルい! 俺にもヤらせろ!」
「鎌之介! 激しい運動は身体に毒だと言っているだろう!」


十蔵が火縄銃で鎌之介と相対していた刺客を仕留める。不機嫌そうな顔で十蔵を睨み付ける鎌之介の腕を六郎が掴んだ。


「鎌之介。後は才蔵たちが片付けてくれますから、大人しくしていて下さい」
「嫌だ!」
「鎌之介!」
「才蔵?」


必死で止める六郎の手を振り解いた鎌之介は上から降ってきた声にパッと顔を明るくする。投擲した苦無で敵を仕留めた才蔵が鎌之介の傍に降り立ち再び苦無を刺客に投げつけた。


「鎌之介、六郎さんの言うとおりにしろ」
「ええーっ」
「お前のことが心配なんだよ」
「………うっ」


戦いたい欲求はあるし納得もしていないのだが、才蔵に頭を撫でられながらそう言われると鎌之介は強く出られない。結局渋々ながら引き下がるのだ。佐助も十蔵も六郎も目に見えて安堵する。その様子を見ていた伊佐那海とアナは「はぁぁ」と溜息を吐いた。


「鎌之介ってばまたやってる」
「だからこれを機会に女物の着物を鎌之介に着せれば良かったのに…。そうしたら動きにくいし自分が女だって自覚するでしょ」
「無理なんじゃねぇのか」


胡座を掻いて才蔵たちの戦闘を傍観している甚八が言う。アナと伊佐那海の視線を感じながら彼は煙草の煙を吐き出した。


「結局のところ、嬢ちゃんは旦那の言うことしか聞かないみたいだしな」
「ああー……」
「………確かに」


甚八の言う通りだ。まさに鶴の一声。才蔵が戦うなと言えば鎌之介は素直に従うのだ。
きっとこれからも戦闘に参加しようとしては佐助や六郎たちに止められ、最終的に才蔵に注意されて大人しくするのだろう。簡単に想像できる日常に、伊佐那海たちは顔を見合わせて苦笑した。

上田城に赤ん坊の泣き声が響く日も、そう遠くはないのだろう。




120223


匿名さま、リクエスト有難うございました!



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