こい、故意、鯉、恋。

※命さまリクエスト
※「六鎌で甚八に言い寄られている鎌之助をはらはらと心配していて気がつけば本格的に惚れていた六郎」





真田十勇士における唯一の常識人・海野六郎は頭を悩ませていた。幸村の女癖、佐助が屋敷内に大量に連れ込む動物の世話、伊佐那海の大食い、弁丸の仕掛ける罠、清海のヌルッとする身体、全てあげればきりがない。しかしその中でもずば抜けて六郎を悩ませる勇士がいた。
その勇士の名前は由利鎌之介。才蔵たちが出雲に行って帰ってきたら何故か増えていた人物だ。一体何があったのかは知らないが才蔵に惚れているらしく、やたらと彼につきまとっては軽くあしらわれている。突き放されても何度も後を追う心意気には感服するが、その際に庭を盛大に壊していくのは止めて欲しい。

つきまとっているという点では根津甚八も悩みの種の一つだ。彼は普段は全く害のない、大人しめな勇士だが、一つだけ問題があった。何故だか知らないが彼は鎌之介に惚れているのだ。
よもやこれは才蔵と鎌之介と甚八の十勇士内三角関係なのではないかとヒヤヒヤしたものだが、どうやら鎌之介が才蔵に向けている好意はあくまで好敵手に対するものであり、愛だの恋だのという恋愛的なものではないらしい。
それを聞いて酷く安心したのを覚えている。それはきっと色恋沙汰で勇士内に亀裂が入らなかったからに違いない。決して鎌之介が気になっていたからとか、そういう訳ではない。

とにかくそういうわけで甚八は鎌之介によくちょっかいを出していた。特に気にするようなことではないものから目に余るものまで様々だ。甚八が鎌之介にちょっかいを出す度に六郎は深い焦燥を抱いていた。
鎌之介は案外危機感がなく、妙に純真なところがある。甚八が鎌之介の腰に腕を回して剥き出しの腹を撫でても、武骨な指で唇に触れても「こういうのは男なら普通にやってることなんだぜ」と甚八が言えば「そうなのか!」と鎌之介は納得する。男の名誉のために言っておくが男はそんなことはしない。どうして納得してしまうのか。あの純真さが恨めしくなることがたまにある。しかしその純真さが鎌之介の魅力の一つであるから始末に負えない。

六郎は非常に強い危機感を抱いていた。このままでは鎌之介は甚八に食われてしまうのではないか。そう考えるともう不安で不安で仕方がない。夜も眠れないほどだ。そのせいで寝不足になり、幸村には「どうした恋煩いか!」と嬉しそうに言われたがそんなわけがない。六郎の頭の中を埋め尽くしているのは鎌之介なのだから。恋のはずが、ない。

だが、六郎には否が応でも自覚しなければならない時がきた。例によって甚八が鎌之介にちょっかいをかけていたのだ。それが特に気にするようなことではないものであったのならさり気なく注意しようと思っていたのだが、目に余るものの方だったので六郎は慌てて二人に駆け寄った。

一体何がどうなってそんなことになったのかは知らないが、到底素通りできるようなものではなかった。甚八が鎌之介を組み敷いていたのだ。大方正攻法では相手にしてもらえないからと何やら適当に理由をつけて押し倒したのだろう。鎌之介が特に抵抗もせず大人しくしているのが何よりの証拠だ。
息さえ触れ合いそうな二人の距離に六郎は胸がカッと熱くなり、ガッと甚八の襟首を掴んで鎌之介から引き離した。


「うおっ!?」驚いた声を上げる甚八を六郎は地面に捨てる。鎌之介が突然現れた六郎を見て「小姓……?」と小さく呟いた。
その声にハッと我に返る。自分の取った行動が信じられなかった。いつもの六郎であれば声に出して注意してからやんわりと甚八を鎌之介から離したはずだ。それなのに、今回は声を掛けることさえしなかった。否、出来なかった。悠長に声を掛けるなどという余裕がなかったのだ。一刻も早く甚八と鎌之介を引き離したかった。


「おいおい小姓さん、突然なんなんだよ」
「……手荒な真似をして申し訳ありません。ですが、同意の上での行為でないと認めませんよ」
「見てなかったのか? 嫌がってなかったろ?」
「騙したりするのもなしです」
「………チッ」


六郎の鋭い視線に貫かれた甚八は小さく舌打ちをしてその場から立ち上がる。頭を片手でガシガシと掻いてから彼は六郎をジッと見据えた。その全てを見透かしているかのような目に六郎はたじろぐ。しかし背後に鎌之介を庇うようにして立っている姿は実に堂々としていた。甚八はクッと喉の奥で笑い煙草をくわえる。


「何だ。あんたも惚れちまったのか」
「………何のことでしょう」
「分かってるくせに誤魔化すなよ。……ま、どうでもいいけどな」


意味深にそう言い残して甚八はあっさりとその場を去って行った。六郎は軽く頭を振ってから溜息を吐く。気付いてしまったのだ。自分の気持ちに。行動の意味に。


「おい小姓、どうしたんだよ。大丈夫か?」
「鎌之介………」


どうやら普段と違う六郎の様子に気付いたらしく、鎌之介が心配そうに顔を覗き込んでくる。六郎より少しだけ小さい鎌之介は自然と上目遣いになる。ドクリと胸の奥が疼くのを六郎は確かに感じた。


「すみません、鎌之介」
「え?」
「どうやら私は貴方に恋してしまったようです」


こい。故意。鯉。鎌之介の頭の中には数々の「こい」が浮かぶ。どれもこれも検討違いだ。不思議そうな鎌之介の顔から上手く伝わっていないらしいことに気付き、六郎は苦笑する。こういうところが可愛らしくて堪らないのだ。


「故意でも鯉でもありません。これは―――」


スッと指先で鎌之介の顎を掬い上を向かせる。驚いたように目を見開く鎌之介にふわりと微笑んだ六郎は、ゆっくりとその唇に自分のものを重ねた。


「恋、ですよ」


耳元でそう小さく囁けば、ボッと鎌之介の顔が赤く染まる。熱くなった頬に指を這わせた六郎は、恋煩いも悪くないと微笑した。




120222


命さまリクエスト有難うございました!




top



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -