花枷アルメリア 05



地下の牢獄へと繋がる階段の傍に、半蔵はいた。腕を組み壁に背を預けて佇むその姿は微かな狂気を孕んでいる。

上田で捕らえた女―――鎌之介は、何も喋らなかった。いくら刀を突き刺そうが、いくら身体を蹂躙しようが、伊佐那海や奇魂については何一つとして口にしない。どれだけ強く攻め立てても、何も話さなかった。

半蔵はそれでも構わなかった。巫女はいつでも奪えるし、奇魂についても巫女を手に入れさえすればどうとでもなるだろう。今は鎌之介を堪能できればそれでいい。鎌之介をぐちゃぐちゃにして、才蔵を絶望の淵にまで叩き落としたい。ただ、それだけだった。

地下からは鎌之介の悲痛な声が聞こえてくる。物見の任にあたっていた部下たちに鎌之介をくれてやったのだ。長い間女に触れていなかった部下たちは本能のままに鎌之介を犯しているのだろう。下卑た笑い声が階段の下から聞こえてくる。


「さて……どうします? 才蔵」


あの忍のことだ。絶対に生きている。そして鎌之介を奪い返しにくるはずだ。この隠れ家だって何らかの方法で見つけ出すだろう。鎌之介がどんな目に遭っているかを知った時の才蔵の顔が見てみたい。絶望するのか怒り狂うのか泣き叫ぶのか。見たい。見たくて堪らない。


「さぁ……早く来なサイ、才蔵……!」


喜悦に歪む口元を隠そうともせず、半蔵は鎌之介の悲鳴に耳を傾けながら哄笑した。


********


満足に動かすことが出来ない身体を佐助に支えてもらいながら、才蔵は幸村の元を訪れた。そこには幸村を始め、六郎、十蔵、アナがいた。才蔵と佐助も含めると総勢6名が集まっていることになる。伊佐那海と清海の姿は見えなかった。


「伊佐那海と清海は……?」
「伊佐那海は自分のせいで鎌之介が囚われたと塞ぎ込んでおる。清海は伊佐那海の傍だ」


幸村の正面に腰を下ろした才蔵の疑問に十蔵が答える。十蔵に視線を遣れば、彼は悔しそうに目を伏せた。

パチンと音を立てて扇子を閉じた幸村が、静かな瞳で才蔵を見た。幸村の目を真っ正面から受け止めた才蔵は微かに息を呑む。幸村の目は穏やかなのに、その奥底には堪えようのない怒りの色が窺えたからだ。


「才蔵、無事で何よりであった」
「オッサン……」
「鎌之介のことは……佐助とアナから聞いておる」


鎌之介の名前が出た途端、幸村の傍に控える六郎がぐっと眉を寄せた。主の怒りを感じ取っているのか、それとも自分自身が怒りを覚えているのかは分からないが、六郎の表情はかつてないほどに厳しいものだった。


「オッサン、悪い……。俺は、何も出来なかった」
「謝るな。お前のするべきことは謝罪などではないはずだ」
「……………」


確かにその通りだ。今ここで幸村に謝ったところでどうにもならない。才蔵は拳を握り締めて主を見据えた。


「鎌之介を助けに行きたい。許可してくれ、頼む」
「幸村さま、許可を。我も鎌之介、助けに行きたい」


才蔵の隣に座る佐助も幸村に嘆願する。鎌之介を助けたい。半蔵の手から奪い返したい。今すぐにでも上田から飛び出していきたい。だが、勇士である才蔵たちが幸村の命令なしに勝手に動くことなど出来ない。だからこうして頼み込んでいるのだ。

幸村は二人の決意を受け止め、熟考するかのように瞳を閉じる。そしてスッと目を開き、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「駄目だ」
「!?」
「幸村さま!?」


まさか反対されるとは思ってもいなかった二人は驚愕する。六郎たちも驚いた様子で幸村を見つめていた。


「才蔵、お主のその怪我では返り討ちに遭うだけだ。無駄な犠牲が出るのに許可は出来ん」
「なっ……オッサン! 鎌之介がどんな目に遭ってるか分かってんだろ!? なら……!」
「だからだ。鎌之介をわざわざ連れ去ったということは、当分殺しはせんということだ。敵の居場所もまだ明確には分かっておらん。居場所が判明し、才蔵の傷がもう少し癒えてからでも―――」
「ふざけんな!」


つまり幸村はこう言っているのだ。半蔵は鎌之介の身体が目的なのだからすぐに命を奪いはしないだろうと。その間に才蔵は傷を癒せと。

冗談じゃない。才蔵は血が滲むまで唇を噛み締める。ただでさえ鎌之介が連れ去られてから2日も経っているのに、更にこれ以上待たなければならないなんて。
今この瞬間にも鎌之介が他の男に無体を強いられているかもしれないのに。そんなことを許容できるはずがない。


「オッサン、頼む! 行かせてくれ! 鎌之介の所に行かせてくれ! 頼む……から………」
「才蔵………」


才蔵の必死な姿に六郎たちは悲痛そうに顔を歪める。彼の気持ちが痛いほどに伝わってきて、胸が締め付けられる思いだった。

幸村は頭を下げる才蔵をじっと見つめる。幸村にも、才蔵の気持ちは嫌と言うほど伝わっていた。だからこそ、彼は首を横に振った。


「才蔵。儂とて今すぐ鎌之介を助けに行けと言ってやりたい」
「……………」
「だがな、もし今の状態で敵と戦えばお主は確実に負ける。負けは死を意味する。才蔵、お主が死んだら誰が鎌之介を助けるのだ? 誰が傷ついた鎌之介を抱き締めてやるのだ?」
「………それ、は」
「儂を恨め、才蔵。それでも儂は許可はせん。才蔵と鎌之介、二人共が無事にここへ帰ってくる可能性のある策にしか儂は賛同しない」


きっぱりと確固たる意志で才蔵を跳ね退ける幸村の姿は実に堂々としていた。いくら憎まれようが罵倒されようが、それを全て受け止めてから反論する。幸村の真っ直ぐな目に、才蔵はただ俯いて拳を握り締めることしか出来なかった。

幸村の言っていることは正論だ。満足に動けもしないこの身体で半蔵と戦えば確実に殺されるだろう。それならば数日待って傷を癒やした方が良いに決まっている。
理性ではそう思うのに、心が受け入れようとしない。心が今すぐ鎌之介を助けに行きたいと叫んでいる。


「才蔵」
「………分かっ、た。悪かった、オッサン……」
「許せとは言わん。ただ、分かって欲しい」
「……ああ」


才蔵はその場から立ち上がる。痛ましそうな目で見てくる仲間の視線に耐えられなくなったのだ。部屋から去ろうとする才蔵の背中に佐助が声を掛ける。


「才蔵! 鎌之介の居場所、紅刃たち探ってる。きっと見つかる! だから………」


佐助の気遣いが言葉の端々から伝わってきて、才蔵は小さく微笑んだ。本当に自分は心配をかけてばかりだと情けなくなる。


「ああ、ありがとな、佐助」
「才蔵………」
「……伊佐那海んとこ、行ってくるわ」


そう言い残し、自分の気持ちを押し込めるようにして襖を閉じる。
ジクジクと痛む傷に苛立ちを感じながら、伊佐那海の部屋へと向かう。才蔵が目覚めてから数刻が経っているが、伊佐那海には一度も会わなかった。きっと伊佐那海も傷ついている。半蔵は彼女を狙って上田に現れ、その結果鎌之介が攫われたのだから。

伊佐那海の部屋が見えた。襖の前まで行こうとした時、襖が開いて清海が姿を覗かせた。手に持っているのは伊佐那海の好きな菓子だったが、手がつけられた様子はない。
清海は才蔵に気付いたのか、一瞬伊佐那海の方を振り向いた後、襖を閉めて才蔵の元へとやって来た。


「おお、目覚めたのか」
「ああ。……伊佐那海は?」
「うむ……。悲しませないよう色々話し掛けはしたのだが………」


清海の表情から察するにあまり上手くはいっていないのだろう。才蔵は伊佐那海の部屋に視線を向ける。いつもは明るい雰囲気のある部屋がやけに暗く見えた。


「伊佐那海もそうだが……才蔵は大丈夫なのか? その、鎌之介のこととか………」


何でもはっきり物を言う清海にしては珍しく言葉を濁す。清海にまで気を遣われているのだと思うと何だか可笑しくなって少し笑ってしまう。


「な、何を笑っているのだ?」
「何でもねーよ。俺なら大丈夫だ。ありがとな、清海」


どこか諦めにも似た表情を浮かべる才蔵に清海は言葉を詰まらせる。鎌之介の身に起こったことを聞いた時、見たこともない敵に激しい怒りを感じた。現場にいなかった清海でさえそうだったのだ。目の前でその光景を見せつけられた才蔵の怒りと悲しみはいかばかりだろうか。清海にはとても想像がつかなかった。


「伊佐那海のとこに行ってもいいか?」
「勿論だ。才蔵が行ったほうが伊佐那海も安心するだろう」


そう告げれば、才蔵はまた「ありがとな」と礼を言って伊佐那海の部屋に消えていく。ボロボロな仲間の姿に、清海は神の加護があるようにと小さく祈った。


********


「伊佐那海」
「さいぞ……?」


伊佐那海は部屋の隅で膝を抱えていた。頬には涙の跡が色濃く残り、瞳には新たな涙が滲んでいる。
才蔵は伊佐那海の前に座り、彼女の頭を撫でた。


「鎌之介のこと、知らせてくれてありがとな」
「才、蔵……!」


優しく頭を撫でられた伊佐那海は溢れてくる涙を拭おうともせず、口を開いた。


「才蔵、私のせいで鎌之介が…! 私が鎌之介の傍にいなかったら…鎌之介が、あんな、……あんな……!」


おそらくアナから鎌之介の身に起こったことを聞いたのだろう。伊佐那海は大粒の涙を零して才蔵の手に縋る。
ごめんなさい、才蔵。ごめんなさい、鎌之介。ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す伊佐那海の姿に、才蔵は佐助と同じだと思った。
佐助も自分のせいだと言っていた。伊佐那海も自分のせいで鎌之介が酷いことをされていると泣いている。才蔵のせいで鎌之介は囚われたのに、二人共自分を責めている。才蔵の弱さが招いた結果に、二人は深く傷ついているのだ。


「伊佐那海、お前のせいなんかじゃない。これは俺の責任だ」
「でも、才蔵……!」
「頼む、伊佐那海。いつものお前でいてくれ。鎌之介が帰ってきた時に、安心できるように」
「………!」


よく下らないことで喧嘩している伊佐那海と鎌之介の姿は上田城にいる者達の心を和ませてくれた。それが今は失われている。鎌之介も、伊佐那海の笑顔も。
伊佐那海には笑顔で鎌之介を迎えてやってほしかった。そして鎌之介に安心してほしかった。だから。


「………うん、そうだよね」


伊佐那海は涙を拭い、口元に笑みを浮かべる。まだ少しぎこちなかったが、それは本物の笑顔だった。


「ありがとう才蔵。私、自分のことばっかりで……。お兄ちゃんにもお礼言わなきゃ」
「行ってこいよ」
「うん!」


立ち上がって部屋から出て行こうとした伊佐那海は足を止めて才蔵を振り返る。


「才蔵。私……どんな鎌之介でも受け止めるから」
「……………!」


目を見開く才蔵を残して伊佐那海は消える。一人になった才蔵は胡座を掻いて片手で頭を抱えた。

今の自分に出来るのは怪我を治すことと鎌之介が安心して暮らせる環境を作ることだ。鎌之介がどのような状態でいるかは分からない。だが伊佐那海の言った通り、どんな鎌之介でも受け入れる。その覚悟はしておかなければならない。


「絶対に、諦めねぇ……」


鎌之介を救い出すまで、決して立ち止まりはしない。
才蔵は決意を新たにして、拳を握った。この手で今度こそ鎌之介の手を掴んでみせると、心に堅く誓って。


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