花枷アルメリア 03
鬱蒼とした森の中。人気はなく、動物の気配さえ感じられない。そのただ中にある古びた御堂は今にも崩れそうで、不気味な雰囲気を醸し出していた。廃棄されて長いのだろう。広さはあるのに手入れは全くされず、あちこちが腐りかけている。
そんな御堂の地下に、複数の男たちが居た。
「これ頭がヤったのか? 相変わらず容赦ねぇなぁ」
「つーか、生きてんの?」
「生きてる生きてる。情報聞き出すために生かしておくって手当てしてたし。まぁ簡易の手当てだけどな」
「やっべー、めちゃくちゃいい女じゃね? ヤっちまいてぇー」
「止めとけ、頭のだぞ」
罪人を捕らえておくための地下室。あちこちが薄汚れて室内は少し暗い。
その中に、一人の少女がいた。天井から伸びる鎖に両手首を頭上で一纏めに拘束され、力無く床に座り込んでいる。意識を失っているのか頭は垂れ下がり、くすんだ朱髪が微かに揺れていた。忍らしき男たちに囲まれるような形で少女―――鎌之介は囚われていた。
細い肢体にはあちこちに包帯が巻かれている。そこからは血が滲んでいて、傷の深さを一目で思い知らされる。白い上着を羽織ってはいるものの、中に着た黒の衣服は破かれてその意味をなしていない。下半身に至っては、何も纏っていなかった。
惜しげもなく曝される妖艶な身体に男たちは生唾を飲み込む。女日照りの男たちにとって、陵辱の痕が色濃く残る鎌之介の姿は毒だった。
「な、なぁ、ちょっとだけなら良くねぇか?」
「馬鹿、頭に殺されるぞ!」
「大丈夫だって。頭はこの女繋いでどっか行っちまったしよぉ。お前らだってヤりたいんだろ?」
「それは………」
ヤりたくないと言えば嘘になる。すぐ目の前にこんなにも魅力的な女がいるのだ。手を出さなせれば馬鹿だろう。
否定的だった男も最後には口を噤み、熱に浮かされたような目で鎌之介を見下ろす。初めから乗り気だった男が傍にあった桶を掴み、中に入っていた水を鎌之介に投げかけた。
「おい、起きろ!」
「……………っ、」
水に濡れた鎌之介の睫毛が小さく震え、翡翠の瞳が姿を覗かせる。朱髪から滴り落ちる水滴が頬を伝って床に吸い込まれた。
鎌之介がゆっくりと顔を上げ、目の前の男を見る。霞む視界ではなかなか状況を把握することが出来なかったが、男に頬を張られてようやく自分の置かれている状態を理解した。
「よお、お嬢ちゃん。元気かい?」
「………ここ、は」
「残念。上田じゃねぇよ? 頭……服部半蔵の隠れ家みたいなもんさ」
「服部……半蔵………っ」
その名前を聞いた瞬間、激しい吐き気に襲われる。全て思い出したのだ。上田の森であったことを。―――才蔵の前で無理やり犯されたことを。
才蔵の絶望に歪んだ目が、忘れられない。酷い怪我をしていた。あのまま誰にも気づかれなければ才蔵が死んでしまう。最悪の想像に身体が震える。
その震えを恐怖からだと勘違いした男は厭らしい笑みを浮かべて鎌之介の前にしゃがみ込んだ。
「ひでぇよなぁ頭も。アンタみたいな可愛い子をいたぶるなんてさぁ」
「……うる、せぇ」
「お、口悪いなー。でもそういうのも……ソソるなぁ」
ギッと強い瞳で睨みつけてくる鎌之介の姿はまるで手負いの獣だ。儚くもどこか美しく気高いその姿に男の情欲がそそられる。彼の頭の中には鎌之介が半蔵のものであるという考えはすでになく、ただ目の前の強気な女を犯し尽くしたいという欲望しかなかった。
「くはっ、マジでヤベェ。頭だけじゃなく、俺らも楽しませてくれよ!」
男の欲に駆られた手が鎌之介の胸に触れる。破かれた服で辛うじて隠されていた胸は、男の手により人目に曝される。おぉ、と周囲の忍たちがざわめく。これから始まるであろう陵辱劇に興奮しているのだ。
「ひっ……!」
「怖がんなって。俺は頭と違って女の扱いは優しいぜ……?」
気持ち悪い。才蔵以外が自分の身体に触れている。それが気持ち悪くて仕方ない。半蔵に無理やり行為に及ばれた時にも感じた恐怖と絶望が鎌之介を襲う。
何とか抵抗しようとするが、出血と上田での半蔵による暴行せいで傷ついた身体は思うように動かない。腕を動かそうにも頭上で鎖に拘束されており、ジャラジャラと意味のない音が立つばかりだ。
足で目の前の男を蹴り飛ばしてやろうかとも考えたが、何も纏っていない足を動かせば秘部が忍たちの眼前に曝されることになる。そんなことをすれば男たちが喜ぶのは目に見えていた。鎌之介はギュッと足を閉じてただ屈辱に耐えるしかない。
(才蔵………)
才蔵は無事だろうか。佐助たちは才蔵を見つけてくれただろうか。自分が才蔵に助けを求めなければ、彼は傷つかずにすんだのに。自分のことはどうでもいい。ただ才蔵の安否だけが心配だった。
「ああ、堪んないねぇその顔! あ〜、もう我慢できねぇ。ぶっ込ませろよ、お嬢ちゃん」
興奮の極みに達したのか男は鎌之介の太腿を撫でる。その感触にゾクゾクと背筋が震えた。また、上田の時のような行為が始まるのか。恐怖と屈辱と絶望から、涙が滲む。才蔵に見られないだけマシかも知れない。そんな考えを鎌之介が持った時だった。
ビシャリ。そんな音がして鎌之介の視界が真っ赤に染まる。「……!?」目を見開いた鎌之介は、忍の男の胴体に首がないことに気付く。そして、胴体越しに見えた男の姿に、全身が震え出す。
「全く…、勝手に手を出すなと言ったでショ……?」
血に濡れた刀を手に持つ服部半蔵の姿がそこにはあった。
首を切り落とされた男の身体が地に伏せる。男からドクドクと溢れ出る鮮血が鎌之介の素足を濡らした。
周囲にいた忍たちは突如現れた半蔵の静かな殺気に身体を震わせる。情けない声を洩らす者もいた。
死んだ男を睥睨した半蔵は鎌之介に視線を移す。その静かな瞳からは彼が何を考えているのか読み取ることは出来ない。底知れぬ恐怖に身を引けば、半蔵はスッと目を細めた。だが鎌之介に対しては何も言わず、自分の部下を見回しながら刀についた血を払った。
「さて……アナタたち。今ここで俺に処刑されるか、それともこの馬鹿の死体をここから運び出して物見に戻るか……どちらがお望みデスか?」
室内に響いた声は不気味なほどに穏やかだった。しかし忍たちを射抜く視線は刀よりも鋭かった。顔色一つ変えることなく部下を惨殺してみせた半蔵に、忍たちは完全に畏縮する。孕んでいた欲もどこかへ消え失せ、ただ恐怖だけが全身を支配する。この場から逃げ延びる方法は、ただ一つ。死んだ男の胴体と頭を抱えてここから去るしかない。
「ひっ、ひぃ……!」
我先にと牢獄から出て行く忍たちの後ろ姿を見送った半蔵は、血を払った刀を鞘に収める。二人だけの空間に、その音はやけに大きく響いた。
「さて、と」
刀を傍に置き、半蔵は鎌之介と視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。近付いた距離にびくりと鎌之介の小さな身体が震えた。
命の奪い合いなら恐ろしくないのに、今は怖い。武器もなく身体の自由まで奪われた状態で、しかも上田では無理やり行為を強いられた。ただの男と女という力関係になったことで、鎌之介の戦士としての矜持はズタズタにされた。
半蔵はゆっくりと腕を伸ばし、鎌之介の頬をそっと撫でる。たったそれだけの行動なのに、鎌之介は深い恐怖を感じた。怖い。手が。怖い。目の前の、この男が。
小さく震える鎌之介の様子に半蔵は唇を歪ませる。自分の存在は確実にこの少女の中に深く刻まれている。それが愉快で愉快で仕方がなかった。
「まさか……助かった、だなんて思ってないデスよね?」
「……あ、あ……」
「彼らに触れさせなかったのは、ただの気紛れデス。私が楽しんだ後は、くれてやるつもりデスよ」
頬に触れた手をゆっくりと、まるで恐怖を煽るように時間をかけて胸元まで撫で下ろす。身体を捩りその手から逃れようとするが、天井から伸びる鎖が虚しく揺れるだけだ。
鎌之介はまた始まるであろう地獄を想像し恐怖する。翡翠の瞳には涙の膜が張り、今にも零れ落ちそうだ。だが、唇を噛んで必死で堪える。その健気な姿に半蔵は加虐心が煽られるのを感じた。
「さあ、お嬢サン。拷問を始めまショウ?」
出雲で得た奇魂についての情報。伊佐那海の役割。真田が知っていること全て。洗いざらい吐いて貰う。
男には痛みを。女には快楽を。
半蔵の唇が残酷に釣り上がり、鎌之介の瞳を揺らした。
「―――俺の子を孕むまで、犯し尽くしてあげマスよ」
再び始まった地獄に、少女の悲鳴が虚しく響いた。
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