花枷アルメリア 01



「待てよ鎌之介!」
「うるさいっ」


上田城に響く二つの声。知っている者が聞けば「またか」と呆れたように溜息を吐くのだろう。それだけ聞き慣れているのだ。あの二人の痴話喧嘩は。

才蔵は前を歩く鎌之介の腕を掴む。するとキッと睨まれる。朱髪の間から覗く翡翠の瞳には怒りの炎が宿っていた。しかし才蔵は怯まない。鎌之介の身体を引き寄せるように手に力を込めた。


「だから一人で出歩くなって言ってんだろ!」
「何でだよ!」
「お前が危なっかしいからだろーが!」
「はぁ? 意味分かんねーよ!」


ぎゃあぎゃあと騒がしく言い争う二人の姿を伊佐那海は眺めていた。今回の喧嘩の原因は鎌之介が一人で城下町に行ったことだった。

鎌之介は女であるにも拘わらず無防備で、その美貌から度々不逞の輩に絡まれる。無理やり宿に連れ込まれかけたことも一度や二度ではない。
それなのに懲りることなく一人で町に行く鎌之介に才蔵は怒っているのだ。

一部始終を見ていた伊佐那海は軽く肩を竦める。才蔵は言葉が少ない。一言「お前が心配なんだ」とでも言ってやればいいものを。言わないから喧嘩になるのだ。束縛されるのが嫌いな鎌之介のことだ。才蔵の心中など全く分かっていないのだろう。

不器用だなぁと伊佐那海は小さく笑う。二人は本当に喧嘩ばかりだ。それでも最後にはすぐに仲良くなる。何だかんだ言ってもお互いに愛し合っているのだろう。それが少し羨ましい。でも二人が幸せそうだとこちらまで嬉しくなるのだ。
喧嘩しつつも相手を想い合っている才蔵と鎌之介が伊佐那海は好きだった。


「才蔵のばか! もう知らねぇ!」
「それはこっちの台詞だ! 勝手にしろ!」


才蔵の手を振り払った鎌之介は城から出て行ってしまった。どうやら今回の喧嘩は長引きそうな予感がする。鎌之介の後を追おうとしない才蔵に伊佐那海は近づいた。


「追わなくていいの?」
「いーんだよ、ほっとけ」


眉間に皺を寄せて吐き捨てる才蔵。伊佐那海が「一緒に行こうよ」と誘っても「断る!」とそっぽを向くだけだ。これ以上は言っても無駄だと潔く諦め、伊佐那海は才蔵に背を向けた。鎌之介の後を追うのだ。


「才蔵ー! 鎌之介と一緒に森にいるから、迎えに来てねー!」


そう言い残して走り出す。後ろで才蔵が何か叫んでいるが気にしない。鎌之介を一人にするのは心配だった。
鎌之介はきっと才蔵と喧嘩して落ち込んでいるはずだ。そういう時はアナか伊佐那海が話を聞いてあげるのが通例となっていた。アナがいない今、自分が鎌之介の傍にいてあげなくては。伊佐那海は勢い良く森に走って行った。


********


鎌之介が逃げ込む場所は自室か近くの森だ。城の外に行ったということは消去法で森しかない。伊佐那海は何度か足を踏み入れたことのある森を歩く。

探し人の姿はすぐに見つかった。開けた場所にある岩に腰を掛けている。小さな背中は悄然としているように見えた。
その足元には雨春がちょこんと座っている。一人でいる鎌之介を見つけて寄っていったのだろう。先を越されたなぁと思いつつ伊佐那海は鎌之介の傍に歩み寄る。


「鎌之介」
「……バカ女か」
「才蔵じゃなくて残念?」
「ばっ、誰もんなこと言ってねーだろっ!」


岩の傍に座り込んで鎌之介を見上げる。これだけ叫べるということはそれほど重症ではないらしい。こっそり安堵しながら伊佐那海は腕を伸ばして鎌之介の白い手に触れる。そしてぎゅっと握り締めた。


「伊佐那海?」
「私ね、鎌之介が羨ましい」
「え?」
「私、才蔵のこと好きだったんだ」


ギクリと鎌之介の身体が固まる。いま才蔵と付き合っているのは自分だ。悪いことなど一つもないはずなのに後ろめたさを感じる。
固まってしまった鎌之介に苦笑を零して伊佐那海は首を緩く横に振った。

「別に責めたりしてるわけじゃないよ。才蔵と私じゃ釣り合わないもん。才蔵にはね、きっと鎌之介みたいに一緒に戦える存在が必要なんだと思う」
「一緒に戦える存在?」
「私は何にも出来ないただの足手纏いでしかない。でも鎌之介は違う。才蔵にとって鎌之介は自分の背中を預けられる唯一の存在なんだよ」


伊佐那海の両手に包まれた左手は温かかった。そっと目を閉じ口元に笑みを浮かべながら話す伊佐那海の表情は慈愛に満ちていた。


「才蔵には鎌之介しか見えてなかったもん。鎌之介を選んだのは当然だよ。むしろ鎌之介を選ばなかったら才蔵の目は節穴! 才蔵と付き合える人なんて鎌之介以外有り得ないもん!」


だから、ね。伊佐那海は鎌之介を真っ直ぐに見つめる。ふわりと微笑んだその顔は、巫女らしい、誰かに元気を与えるような美しいものだった。


「才蔵と仲直りしに行こうよ。二人が喧嘩してるとみんな心配するよ?」
「………分かったよ」


ここまで言われて帰らない訳にはいかない。諦めたように嘆息して鎌之介は立ち上がる。才蔵に対する怒りはどこかへといってしまった。伊佐那海のお陰かもしれない。


「帰ったらお饅頭作ってあげるね。才蔵と一緒に食べようよ」
「甘いもんはいらねーよ」
「大丈夫、この間鎌之介にあげた甘くないお饅頭だから!」


甘くないお饅頭。それは伊佐那海が鎌之介のためだけに作ってくれたものだった。確かにあれは美味しかった。また食べたいと思っていたのだ。それが出てくるなら才蔵がいても我慢してやろうと思った。

城へと向かう二人の後に雨春が続く。思わず和んでしまうその光景は唐突に終わりを告げた。


「! 伏せろ!」
「え? きゃあ!」


突然鎌之介に地面に引き倒された伊佐那海は頭上で響いた音に身体を震わせる。ここ最近ですっかり聞き慣れた、刃物が宙を切り裂く鋭い音だった。チラリと背後を窺えば地面に深々と苦無が突き刺さっていた。もし鎌之介が助けてくれなければ確実に当たっていた。伊佐那海は身体中の熱が下がっていくのを感じた。

伊佐那海の頭を右手で押さえながら鎌之介は左手に鎖鎌を構える。片膝をついた状態で前方を見据えれば、二人を襲った人物が傲然と立っていた。


「おや。あの攻撃を避けるなんて、案外やりますね」
「テメェは―――」
「服部半蔵。出雲で会いましたよねぇ、お嬢サン?」


確かに半蔵とは以前に出会っている。しかし今の半蔵は口元を隠しているだけで血のように赤い髪は晒したままだった。今更顔を見られたところでどうでもいいということか。鎌之介は伊佐那海を背後に庇うようにして立ち上がった。


「何しに来やがった」
「そんなの決まってるデショ? その巫女を貰いにきたんデスよ」


チッと舌を打つ。やはり出雲の時と同じ、伊佐那海が目的か。鎌之介が鎖鎌を握る手に力を込めれば、半蔵の傍に複数の人影が降り立つ。


「うそ、こんなにいっぱい……!?」


立ち上がった伊佐那海が信じられないと目を見開く。半蔵の傍には10人以上の忍が佇んでいた。どの忍も明らかに手練れだと分かる。隙が一切なく纏う殺気も本物だった。

辺りを見回した鎌之介は眉を寄せる。鎌之介は誰かを守って戦った経験がない。伊佐那海を守りながら戦える自信はない。だがこの場には鎌之介しかいない。才蔵や佐助はいないのだ。


「おい、伊佐那海」
「な、何?」
「城まで走れ。そんで才蔵呼んでこい」


鎌之介は愚かではない。今の状況を自分一人で片付けられるなどとは思っていない。才蔵が来てくれたなら、自分の力を最大限に発揮できる。


「でも、鎌之介が!」
「お前がいるだけ邪魔なんだよ! とっとと行け!」


そう怒鳴れば伊佐那海は身体を小さく震わせる。しかしすぐに頷き走り出した。伊佐那海には鎌之介の気遣いが分かっていた。自分が役に立たないことが分かっていた。だから走る。才蔵を呼ぶために。


「逃がすか!」


一番背の低い忍が伊佐那海に肉迫する。グッと伸ばした腕が逃げる伊佐那海を捕らえようとするが、それは一陣の風によって防がれた。


「なんだ!?」
「させるかよ!」


鎌之介の起こした強風が忍を吹き飛ばす。その間に伊佐那海は木が乱立する森の中へと姿を消していた。


「この……っ!」


邪魔をされて頭に血が昇ったのか忍は標的を鎌之介に定める。苦無を逆手に構え驚異的な速さで振り下ろす。鎌之介はそれを鎖鎌で受け止め、忍の横腹に蹴りを入れる。手加減なしのその蹴りに忍は小さく呻き声を上げて膝をついた。

その隙を逃さず鎖鎌を横薙ぎに振り払う。首を狙ったその一撃は確実に忍を仕留めた。


「ふぅん?」


一切手を出さずに様子を窺っていた半蔵は小さく感嘆の声を上げる。出雲で戦った時は何とも思わなかったが、こうして見ているとなかなかの戦闘技術だ。
―――楽しくなってきましたね。半蔵は舞うように戦う鎌之介をジッと見つめる。

一人やられたことにより殺気立つ忍たちは鎌之介を仕留めようと一斉に襲いかかる。苦無、忍刀、手裏剣……様々な武器が宙を舞う。しかしそれは風に阻まれ、鎖鎌に跳ね退けられ、分銅に打ち砕かれて攻撃の意味をなさなかった。

一人、また一人と忍が命を狩りとられていく。その度に忍たちは焦りを見せ、早く殺そうと武器を手にするが荒れ狂う風に飛ばされ地に伏せる。


「何で、女なんかに、この俺がぁ……!」
「女だからって、舐めんじゃ、ねぇっ!」
「ぐ、が、ぁぁ」


自分よりも小さく華奢な身体の少女に圧倒されているのが忍たちの矜持を傷付ける。だがそんなちっぽけな矜持はことごとく薙ぎ払われる。恐れることなく戦う鎌之介に、忍たちが適うはずがなかった。

「………愚かデスね」


忍たちは鎌之介に恐怖した。その時点で彼らの負けだ。命の奪い合いの中で恐れを抱くこと。それは死を意味する。
半蔵は次々に倒れていく部下を見つめながら、助けようともせずにその場に佇んでいる。屍を見つめる瞳はゾッとするほど冷たかった。


「く、た、ば、れ!」


豪風が草木を薙ぎ倒して宙を裂く。その一撃で半蔵と共に現れた忍は全員死んだ。風を避けるために大きく飛び退いた半蔵は短く口笛を吹く。
地面は抉れ木の幹は真っ二つに折れている。圧倒的な戦闘だった。

背筋がゾクゾクする。隠しきれない愉悦が浮かび、堪えようのない興奮が全身を駆け巡る。
巫女を手に入れるために上田にやってきた。しかしそれ以上に興味を惹かれる存在を見つけてしまった。多勢に無勢の状態を恐れることなく戦いきり、鮮やかな朱髪を軽やかに揺らしながら、血を華のように咲かせながら、全員を仕留めてみせた。


「………ははっ」


美しい。歪んだ笑みを浮かべながら半蔵は嗤う。戦場を舞う美姫。イイ。欲しい。出雲の時には感じなかった興奮が体内を荒れ狂う。

鎌之介は肩で息をしながら嗤う半蔵を睨み付ける。あれだけ動き回ったのだ。疲れないはずがない。それでも鋭く睨み付けてくる少女の姿に哄笑が溢れる。


「イイ、イイですよその瞳! 面白い!」
「はぁ? イカレてやがんのかテメェ!」
「あはははは」
「………何だ、コイツ」


出雲で出会った時よりも狂気に捕らわれているように感じる。訝しげに呟く鎌之介と対峙するように立った半蔵は両刀を手にした。


「次は俺と遊びまショウ、お嬢サン?」
「はっ、―――上等」


今までの忍とは明らかに格が違う半蔵を前に鎌之介は笑った。息は上がり疲労の色が濃いにも拘わらず逃げようともしない鎌之介に半蔵は歓喜する。なんて女だ。絶対に―――欲しい。

狂気に取り憑かれた半蔵が鎌之介に襲い掛かる。長閑な昼下がりの森は、一気に狂乱の戦場と化した。


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