夕暮れ時の放課後の教室になまえと二人きり。窓際に立ち外を眺めるなまえを、夕日が照らす。
その光景が、俺たちの全ての始まりを思い起こさせて。俺は少しだけ、泣きたくなってしまった。



それは、五月も半ばを過ぎた頃だった。
夕暮れ時の放課後の教室になまえと二人きり。といっても、その時はまだ俺たちの関係はただのクラスメイト以外の何物でもなかったし、第一、二人きりなのは俺たちが日直の仕事で放課後まで残っていたからというだけのことだった。

――なまえは、クラスでもあまり目立たない、隅でいつも一人本を読んでいるような、そんな存在だった。実際、俺もそれまで言葉を交わしたことは数回しか無く、そして、それからもそうなるはずだった。

俺は日直の仕事の一つである黒板消しを終え、自分の机で日誌を書くなまえの前の席に腰掛けた。それに気づき顔を上げたなまえが、少しの逡巡の後、徐に口を開いた。

「棗くん」
「なんだ?」
「野球、楽しい?」

夕日に照らされたなまえが、綺麗だと感じた。でも、それと同時に、儚くて消え入りそうだ、とも。だから。

「みょうじも、一緒に野球、してみないか?」

無意識のうちに、俺はそう聞いていた。

――でも。そう聞いたことは、間違いだったのかもしれない。
それが、なまえの命を奪うことに繋がってしまったんだから――



「恭介くん?」

名前を呼ばれ、現実に引き戻される。心配そうな顔をしたなまえを見た瞬間、今まで決して言わなかった言葉を、口にしてしまった。

「……なまえは、これでよかったのか……? 俺があの時声を掛けなければ、なまえは俺と一緒に修学旅行のバスにも乗らず、これからも生きていられたんだ」

思った以上に弱々しい声が出てしまう。
それとは対照的に、俺を見つめるなまえの瞳は力強い。

「決めたのは私だから。後悔なんてしてない。それにね、恭介くんがいてくれたから、あんなにもモノクロだった世界が、輝いて見えるようになったんだよ。私の居場所ができたみたいで、嬉しかった。だから」

ふいに、なまえの身体が、俺を包み込んだ。そして、俺を安心させるように頭を撫でて。

「ありがとう。私は、幸せだよ」


たったひとつの魔法の言葉
(その言葉に、俺は救われたんだ)


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