夕食の乗ったお盆を手に皆のいる机に向かう。今日の夕食は二種類のコロッケ定食だった。揚げたてのコロッケは香ばしいにおいがしてとてもおいしそう。早く食べようと足早に席に着くと、隣に座っていた恭介が真人に声を掛けたところだった。

「悪い、クズ、ソース取ってくれ」
「ほらよ……」
「まさ……あ、いや、クズはマヨネーズいらないのか?」
「もらうよ……」

そう言って謙吾からマヨネーズを受け取った真人は、まるで心ここにあらずといった様子で。マヨネーズをかけるその瞬間ですら、目の前のことに集中できていないようだった。無意識に容器を握りしめてしまったのか、大量のマヨネーズがコロッケにかかる。

「うわぁ、そんなにかけるの?」
「わりぃかよ……」
「次あたし使うから早くしろ、クズ」

その一瞬、真人の動きが静止した。ああ、バトルに負けるだけでこんな仕打ちを受けなければならないのか、なんて一人呑気に考えていると。

「うああぁぁああーーっ! こんなん耐えられるかあぁぁーっ! イジメかあぁーー! てめぇら筋肉イジメて楽しいかああぁーーーっ!」
「いや、ルールだし」

遂に怒りが爆発したようだった。……というよりも、むしろここまで耐えたのが奇跡だった。さすがにあそこまで言われると真人のハートも砕け散る。跡形もなくなるレベルに。私、本当にこのバトルに参加すべきだったのかなあ……。思わず遠い目をしていると、隣から恭介の声がかかった。

「なまえ、ソース使わないのか?」
「あ、うん、使う、ありがと」

恭介からソースを受け取りコロッケにたっぷりとかける。とりあえずは先に夕食だ。冷めないうちに食べてしまいたいし。まだまだ騒いでいる様子のみんなを後目に、私は一人食事に手を付け始めた。



「休憩、しよっかな」

一つ伸びをして机にうつぶせる。ほぐれた体に血液が行き渡るのを感じて気持ちいい。疲れた体は休息を欲していたけれど、このままうつぶせているとそのまま寝てしまいそうだと思い直して起き上がる。……といっても、この状態で勉強を続けるのは効率が悪いだろう。そういえばこの間恭介に漫画を貸してもらう約束をしたな、なんてぼんやりと思い出し、気分転換も兼ねて恭介の部屋を訪ねてみることにした。


「あれ、鈴?」

男子寮と女子寮の間にある渡り廊下で、なにやらきょろきょろしている鈴の姿を見つけ、声を掛ける。鈴はその声に驚いたのか少しだけ飛び上がり、こちらを振り向いた後安心したように肩を撫でおろした。

「なんだ、なまえか……驚いただろ」
「ごめんごめん。それより鈴、なんかきょろきょろしてたけど、どうかしたの?」
「これから、女子寮に潜入する」
「潜入……?」

なるほど、鈴がさっきから挙動不審だった理由はこれか。きっと恭介がいつものようにミッションと称して鈴に何かをさせているんだろう。恭介のことだから、鈴にとってマイナスになるようなことはさせないと思うけれど、鈴本人は大丈夫だろうか……? 耳に手を当て何やら頷いていた鈴に目を向けつつ思案していると、鈴がこちらにまっすぐ向き直った。

「なまえ。恭介が今から理樹の部屋に来るようにと言ってる」
「……理樹の部屋ね。うん、すぐ行くからって伝えておいてくれる?」
「わかった」

いったい恭介は鈴に何をさせようとしているんだろうか。といっても、その答えは理樹たちの部屋へ行けばすぐにわかるだろうし、もともと私は恭介に会うために部屋を出てきたんだ。恭介がそこに居るというのなら断る理由もない。私は鈴に別れを告げ、理樹たちの部屋へと進路を変えることにした。



「入るよー?」

そう一声かけてから理樹たちの部屋のドアを開ける。みんなはいつものように部屋の真ん中にある段ボール製のちゃぶ台を囲んで話していたみたいだった。恭介が顔を上げてこちらを見ると、気づいたみんなも同じように顔を上げた。

「お、なまえ、来たな」
「今まで勉強していたんだろう? お疲れ」
「ま、適当に座れよ」
「なまえが来てくれてよかったよ……」

みんなに出迎えられて自然と笑顔になる。なんだか疲れも軽くなったような気がして、やっぱりみんなと居られるこの時間が私にとってかけがえのない物なんだと実感した。でもそんな私とは対照的に、理樹はひどく疲れた顔をしていて。まあ、みんな突然突拍子の無いことをし始めるから、止める側は結構大変なんだよね、なんて苦笑してしまった。

「お邪魔しまーす。ん、そうなんだけどちょっと疲れちゃって。息抜きに漫画借りようと思って恭介のとこ行く途中だったんだけどね」

そう言いながら理樹が空けてくれたスペースに入れてもらう。でも今まで勉強してた私より理樹の方が疲れてるように見えるよ、なんて声を掛けると、理樹は困ったように笑うのだった。

「そういや今度漫画貸すって言ってたからな。それなら後で俺の部屋に寄って行けよ」
「うん、そうさせてもらう。……それで、いったい今度は何してるわけ?」
『お前ら、早く指示しろ! オーバー』

とりあえず今どういう状況なのかが知りたい。恭介たちが何をしているのか、鈴に何をさせようとしているのか。でもその時、そんな私の言葉を遮って、ちゃぶ台の上の携帯から鈴の怒ったような声が聞こえてきた。私が来たことで話を中断させてしまったから、向こうに一人でいた鈴が痺れを切らしてしまったみたいだ。

「じゃあ、こんばんは、と挨拶しよう」

鈴の方は理樹に任せれば大丈夫だろう。そう考えて恭介を見つめると、私の視線に気づいた恭介がこれまでの経緯を説明してくれた。


「……野球のメンバー探しってこういうことだったのね。でも鈴一人で大丈夫なの? ……なんか向こうは一触即発の雰囲気だし、今からでも私も行こうか?」

私が恭介に説明を求めている間に、携帯の向こうでは鈴と誰か――たしかソフトボール部の人たちと言っていた――が口論を始めていたみたいだった。鈴だけじゃこの事態を切り抜けるのは難しいだろうと私が尋ねると、恭介は一瞬だけ切なそうに目を伏せてからすぐに何事もなかったかのようにまっすぐな瞳で答えた。

「……いや、なまえはここで待機だ。これも鈴のためだからな」
「ん、そっか。わかった」

そう言って微笑する。やっぱり恭介は鈴のためを思ってやっているんだ。これから私たちがばらばらになった時、鈴が一人でも大丈夫なように。そうなった時のことを考えるのは寂しいけれど、それでも、恭介は前を向いてるから。……私も、恭介のように強くならなくちゃいけない。



鈴がソフトボール部の子たちと熾烈な戦いを繰り広げた後、私は恭介の部屋に来ていた。当初の目的であった漫画を借りるためだ。恭介のベッドに腰掛け何となしに棚を漁る恭介を眺めていると、お目当てのものを見つけたのか恭介の表情が輝くのが分かった。

「これだこれ、なまえも絶対気に入るからな」
「恭介っていつも私の気に入るのを勧めてくれるよね」

ありがとう、と言って恭介から漫画を受け取る。色んな漫画を恭介から借りるけど、それが合わなかったことは一度もなくて。もしかしたら少しでも私のことを気にかけてくれているのかもしれない、なんて、うぬぼれかもしれないけれど嬉しくなってしまった。

「どうした? そんなに漫画読みたかったのか」
「え、や、……なんでもない!」
「?」

無意識に頬が緩んでしまっていたのか、恭介にそうつっこまれて焦ってしまう。思いっきり不自然な返事をしてしまった私を不思議そうに見る恭介の視線から逃れたくて、勢いよくベッドから立ち上がった。

「と、とりあえず、これ借りてくから」
「……ああ。返すのはいつでもいいからな」
「ん、ありがと。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」

恭介の部屋を出て一つため息をつく。せっかく漫画貸してくれたのに、悪いことしちゃったなあ……。明日会ったら一番に謝ろう。そう一人決意して、私は自分の部屋へと戻るのだった。


back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -