「――、なまえ、起きろ」
「んー……」

……あ、恭介だ。……あれ?授業……は……? 今、何時だろ……

「ほら、起きたか? なまえ、もう放課後だ。理樹たちも待ってる。行くぞ」
「え、恭介、ちょっと待って……」

訳がわからないまま恭介に手を引かれる。
――ふと、恭介が足を止めこちらを向いた。その顔が、にやりと笑う。

「お前、授業中ぐっすり眠ってたぞ。鼻つまんでも起きなかった」
「……! 恭介!変なことしないでよっ」

恭介の言葉に、完全に目が覚めた。顔が熱くなる。恥ずかしい……
恭介はというと、いたずらが成功した子供のように楽しそうに笑ってから、廊下で待っている理樹たちの方へ歩いていった。

「……恭介の、ばか」

――そういえば、手、握られちゃったな。
再び赤くなってしまった顔が治まるのを待ってから、私も理樹たちの方へと向かった。


そして。私たちは、恭介に連れられて野球部の部室へ来ていた。

「ひどい有様だねぇ……」
「ここってもう使われてないの?」

部室のあまりの汚さに眉をひそめ恭介に尋ねる。

「ああ、そうみたいだ。一応二年の部員は何人かいるらしいが、なにやらごたごたがあったそうで、新入部員がいないらしい。で、連中の留守のこの期間、使わしてもらおうというわけだ」
「早い話が、乗っ取るってわけだな」
「ちょっとの間だけね」
「とりあえず掃除でもして、チーム結成祝いだ」

……ちょっと待って、もしかしてこのままだと私も野球することになっちゃうのかな……?


「ふぅ……これ以上はきれいになりそうもないね」
「最初の状態から考えると、これでもきれいになった方じゃない?」

結局、抜けるタイミングを失って最後まで付き合ってしまった。途中で鈴が出ていくのが見えたから抜け出そうと思えば抜け出せたんだろうけど、何も言わずに抜け出すのはあんまりしたくなかったし。

「ま、いいだろ」
「ところで、人が減ってないか?」
「ああ、鈴なら僕に雑巾とモップ渡して帰ったけど」
「なんだとおぉーーっ! お前、なんで止めねーんだよっ、四人で野球ができるかよっ!」
「いや、全然乗り気じゃなかったし……それに、五人でもできないけどさ……」
「ちょっと待って、私も数に入れてくれてるとこ悪いけど、私やんないよ? 野球」

さすがにこのままでは本当に野球をすることになると思い、口を開く。……みんなの迷惑になるのは嫌だしね。
私の言葉に、やっぱり抗議の声を上げる真人。

「なんでだよっ」
「受験勉強、しなくちゃならないし。そんな状況で野球するとしてもあんまり参加できなくなるから。それならやらない方がいいでしょ? 遊びも真剣に、だもんね? 恭介」
「なまえはよくわかってるじゃないか。仕方ない、なまえにはリトルバスターズのマネージャーをすることを認めよう。マネージャーと言っても、そんなにすることはないからな。なまえの時間があるときに、みんなのことを見守ってくれるだけでいい」
「認めようって……まあ、それくらいなら」

もしかしたら恭介は、私のことを気遣ってくれたのかもしれない。……本当はみんなと一緒にいたいってこと、わかっててマネージャーという方法を提案してくれた。私も参加できて、でも負担が軽くなるような方法を。私には、そんな気がした。



「お前ら、なんで就職活動で忙しい俺が一番一生懸命なんだよっ!」

みんなで夕食。席に着くと同時に、恭介が非難の声を上げる。
――あの後、理樹と真人は恭介によるノックを延々と受け続けていた。といっても、真人は途中でいなくなっちゃったけど。私はというと、近くにあった木陰に腰を下ろし、英単語帳を片手に見学していたのだった。

「いや、そんな一方的にキレられても……」
「理樹を見習え、俺のノックを受け続けて、見ろ、泥だらけだ」
「それはなんだ……? 哀れめばいいのか……?」
「言葉だけでもいいから、ねぎらってあげて……?」

一応のフォローを入れておく。鈴のことだから、感情のこもったねぎらいは期待していない。

「そんなんでいいのか。そうだな……理樹はすごいぞ。どれぐらいすごいかというと、真人が掃除していない真冬のプールに飛び込むぐらいにすごい」
「褒めてるように見せかけてるのかもしれないけど、それって全然褒めてないよね……」
「っていうかなんでオレなんだよっ! 謙吾でもいいだろっ」
「俺はそんなことはしない」
「オレもしねーよっ」

鈴は予想に反して感情のこもった言葉を理樹にかけてくれた。……といっても、ねぎらいの意味はまったく込められていなかったけど。
しかしその鈴の言葉に真人が反応し、謙吾につっかかる。また喧嘩が始まるかと思ったけど、それを軽くいなして謙吾が話を元に戻してくれた。

「二人が発案者なんだから続けるのは結構だが、部活で忙しい人間まで巻き込んでもらいたくないな」
「なんだよてめぇ……部活もやってねぇ筋肉馬鹿は暇だろうから、球拾いがお似合いだってかっっ!」
「真人の言いがかりって、ときにお金を払ってまで見たくなるほど素晴らしい言いがかりだよね……」
「ありがとよ」
「こいつばかだ!」
「……そもそも、どうして野球なんだ」

この六人でいると、話が全然進まない。……主に真人と鈴なんだけど。再び謙吾が話を元に戻してくれた。

「そうか、それを言ってなかったな」
「ちなみに何も聞いていない」

恭介が話し始める。途中、何度か真人が食い下がるが、結局は恭介に丸め込まれていた。私たちじゃ、どうやっても恭介には勝てない気がする。……でも、謙吾だけは。

「俺は……自らの意志で、剣を振るっている。ではな」

一人、食堂を去っていく。謙吾にとって剣道は、切っても切り離せないものなんだろう。

「謙吾っ」
「放っておけ、理樹。……あいつも理解してくれる日がくるさ」
「いや、オレたちですらまったく理解してないんだが」
「ありゃ、そーなの。……理樹は」

恭介が、理樹を見つめる。理樹は否定しないんだろうな。

「僕は……そもそも僕が言い出したことだし」
「理樹は単純だからな」
「なんだよ、だからなんだってんだよ」
「利用されてる。きょーすけの……」

レノンが鈴の顔の前にぶら下がってくる。それを威嚇する鈴。やっぱり猫みたいだなあ。

「きょーすけの暇つぶしに」
「恭介は忙しいはずだよ」
「なまえはどーなんだ? 受験があるんだろ」

鈴が私の方を向く。私は、もっとみんなといたいだけ。私たちが卒業するまで、残された時間を楽しもうって決めたから。

「そうだね。だから私は野球には参加しない。でも、マネージャーとして、みんなのことを近くで見てるよ」
「……みんなばかだ」
「あー、どうせ馬鹿さ」

そう言って、恭介は夕飯に箸をつけ始めた。



部屋に備え付けのお風呂から出てくると、あーちゃんに話しかけられる。

「なまえ、今日は放課後グラウンドで何してたの?」
「あ、見てたんだ。恭介たちが野球することになって。チームのマネージャーになったから、見学してたの」
「学校の窓から見えたわよ。棗くんたら、また妙なこと始めたのね。面白いことなら大歓迎だけど。……それにしても、チームっていうわりには人数が少なかったみたいだけど」
「たぶん、これから増えてくんだと思う。……きっと」

あーちゃんの言葉に、私は曖昧に返すしかなかった。野球、一緒にしてくれる人なんて現れるのかな。少し不安に思ったけれど、深く考えないことにする。

「まあいいんだけど。それよりなまえ、さっきなまえの携帯に電話かかってきてたわよ?」
「あ、ほんと? ありがと」
「じゃあ私も、お風呂入ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい」

あーちゃんを見送り、携帯を開く。着信は真人からだった。とりあえずメールだけ返しておき、課題に取り組むことにした。


十二時少し前。課題と勉強を終え、寝る前にお茶でも飲もうと食堂へ向かう。真人からの電話は、恭介の遊びに付き合えということだった。でも私がメールした頃にはもう野球のメンバー探しをしていたみたいだったから、勉強してるなら大丈夫だという真人の言葉に甘えて今日は勉強に専念させてもらった。

「あ、恭介」

食堂の入り口で、恭介とばったり出会う。

「こんな時間まで勉強してたのか?」
「うん。でももう寝ようと思って。のど渇いたから、お茶飲みに来たの。恭介は?」
「俺もそんなところだ。……なまえ、あまり根詰めすぎるなよ?」
「大丈夫。心配してくれてありがと」

恭介の手が、私の頭に触れる。一瞬切なそうな表情をし、近くにいても聞き取れないくらいの小さな声で何かを呟いた。

「――――」
「え?」
「いや、気にするな。……そうだ、おすすめの漫画があるから今度貸してやるよ」

取り繕うように恭介が言う。結局、恭介がなんて言ったのか、どうしてあんな顔をしたのか、最後までわからないままだった。


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