……謙吾たちのバトルは、いろんな意味で凄かった。さっきまでの喧嘩とは比べ物にならないほど平和的だったけれど。
謙吾が銀玉鉄砲で真人の目を狙ったり(これはさすがに危ないと思う)、真人がようやく自分ではなく猫が戦っているという事実に気づいたり。

――そして。長引くバトルに、これ勝負つかないんじゃ……? と思い始めた頃。

「こらああぁぁーーーーーーーーーーっ!!」

食堂に、大きな怒声が響き渡った。
白熱したバトルを繰り広げていた二人も、動きを止め声のした方に目を向ける。

「おお! 我らが鈴様のご登場だ!」

野次馬の一人が、そう声を上げた。それを受け、一気に場が沸き上がる。
みんなの注目を浴びるその女の子の名前は、棗鈴。彼女は恭介の妹で、やはり私たちの幼なじみだ。

「弱い者いじめは、めっだ!」
「弱い者? どっちがだ」
「え? お前じゃね?」
「笑わせるな、お前より格下に見られるだと?」
「ふん……果たしてこの戦いの後にも同じことが言えるかな……」

真人が謙吾の方を指さす。

「いけ、我が支配にあるネコよ!」
「にゃー!」

真人の命令を受けて、猫が謙吾にとびかかる。……それにしても、ちゃんと言うこと聞くなんて賢い猫だなあ。私が全く別のところで感心していると。

「その猫だーーーっ!」

鈴のハイキックが真人に炸裂する。あ、すごい痛そう……。首が真横にひん曲がってるし……。鈴、あんまり真人のこといじめないであげなよ……?

「あ、これね」
「それ、どうしたんだ」
「誰かが投げてきた」
「ああ、それ、恭介のやつが投げ入れてた」

近くにいた男子生徒が、そう目撃談を証言する。その恭介はというと、再び机の上で仰向けになっていた。……せっかく起きてくれたと思ったのに。

「じゃ、あたしのだっ」

鈴が猫を奪い取る。

「ああ、オレの武器っ! 誰か、新しいネコをくれっ、一際凶暴なのをだっ」

と、またも鈴の蹴りが炸裂する。さらに異様な方向にねじ曲がる真人の首。……いつも思うけど、真人ってすごいタフだよね……

「猫を使うな」
「あい」
「で……喧嘩の理由はなんだ?」
「ああ、聞け、鈴」

言って、話し始める。なんというか、どっちもどっちだと思う。この二人、実は似た者同士なんじゃないだろうか。

「鈴、これで、どっちが悪いかはっきりしただろ」

謙吾は銀玉鉄砲を投げ出して退散していく。真人はそれを追いかけようとするが、鈴の方に向き直り、

「鈴、それがオレの武器なんだ、返せっ」

……まあ、鈴が返してくれるはずもなく。真っ向から対峙する。

「そんなこと、あたしが許さない」
「なんだ……やんのかよ、鈴」
「猫をもてあそぶような奴にはお仕置きだ……」
「女だからって、容赦はしねぇぜ」
「ふん……」
「てめぇら武器を寄こせっ」

真人の言葉を合図に、いろんなものが投げ込まれる。みんな面白がって、さっきよりもよくわからないものまで投げ込んでいるようだった。
二人が武器をつかみ取る。
鈴がつかみ取ったのは三節棍。……って、なんでこんなもの投げ入れてんの!? 鈴だからよかったけど、もし真人がこんなの選び取ってたら、さすがに危険すぎる気がする。真人はこんなに危険なもの、選び取ってないよね……?

「う、うなぎパイ!?」

……。なんというか、さすがにこれは、真人が気の毒だ。三節棍とうなぎパイじゃ、試合にならない気がする。……というより、うなぎパイでどうやって戦うんだろ。
またも、ゴングの音が鳴り響いた。


――結果、真人はなす術もなく、敗北した。
周りには、鈴を称える拍手の音。……もう部屋に戻ろう。私は、少し離れたところに立ち尽くす理樹に恭介を託して、部屋へと戻ることにした。





「なまえ、起きなさいっ」
「ん…………あーちゃん……おはよ」
「おはよう、なまえ」

翌朝。同室のあーちゃんに声をかけられ目覚める。いつもは自分で目が覚めるけど、昨日は夜更かしをしてしまったせいかあーちゃんに起こされてしまった。

「なまえ、昨日は遅くまで帰ってこなかったみたいだけど、だからといって遅刻はだめよ?」
「わかってる。起こしてくれてありがと」
「ええ。じゃあ、私は先に行くわね」
「うん。行ってらっしゃい」

あーちゃんは、この学校の寮の女子寮長だ。寮長の仕事っていうのは結構大変らしく、いつも朝は早くに出ていく。片手をひらひらさせながら部屋から出ていくあーちゃんを見送り、私は支度を始めた。


食堂へ着くと、先に謙吾、真人、理樹が来ているのが目に入った。……今日は理樹たちより後だったのか。朝食を盆に載せて、みんなのいるテーブルへ。

「おはよう」
「ああ、おはよう」
「よう」
「おはよう」

少しすると、恭介もやってくる。短く挨拶を交わし朝食を食べるのを再開する。理樹たちはなにやら、恭介の就職活動について話しているみたいだ。
恭介と私は高校三年生。他の幼なじみ四人はみんな一つ下の学年だ。三年生ともなると、卒業後の進路を決めなければならなくなる。私は大学を受験するつもりだけど、恭介は来年からは働くために就職活動を行っている。この学校は一応は進学校であるため、恭介のように就職を希望する人は珍しい。恭介は言わないけど、それはきっと妹である鈴のためだ。自分は進学せずにお金を稼いで、鈴が自分の進路を自由に選べるようにする。恭介はそういう人だ。……まあ、さすがに徒歩で就職活動はどうかと思うけど。

――最後に、鈴が現れた。肩には昨日の猫。

「新入りだっ」
「知ってるよ」

そう言ってから、お皿に牛乳を注ぐ。その鈴に、恭介が話しかける。

「名前は?」
「まだ」
「名前は大事だぞ。ちゃんとつけろよ」
「だって、覚えきれない」

鈴の周りには、恭介がプレゼントした猫がたくさんいる。あまりに数が多いから、鈴はこうやって一番新しい猫だけを世話することにしている。
……覚えきれないって鈴は言うけど、私は鈴ならどれだけたくさん猫がいようと、ちゃんとみんなの名前を覚えられると思う。だって、鈴はそれぐらい猫のことが大好きだから。……言ったら怒られるから言わないけど。

「じゃ、仕方ない。俺がつけてやるか」
「……また変な名前つけるつもり?」
「変とはなんだ、変とは。……そうだな、レノンなんてどうだ」
「また何も考えず、有名人の名前を……」
「大事だと言うわりに、お前はいつも適当だな……」
「大事なのは名前がじゃない。名前をつけることが大事だと言っているんだ」
「なんだよ、それ。一緒じゃねぇか」
「レノンか。でもまあ、かわいくはあるな」

恭介はいつも、猫に有名人の名前をつける。――アインシュタインとかゲイツとかヒトラーとか。でもそれって、ペットの名前としてどうなんだろう。……名前をつけることが大事っていうのは、わかる気はするけど。もっとペットらしい名前にはしないんだろうか。その点では、今回の『レノン』っていうのは他と比べてよっぽどペットの名前らしい。

……それから。恭介がレノンにわかめを食べさせたり、鈴が女生徒のみ定食についてくるカップゼリーをあげたり、ついには真人がバランを食べさせようとしたりして、朝食の時間は賑やかに過ぎていった。




「でも一年後には、僕たちも受験か、就職活動やってるんだね」
「ここまで一緒だったオレたちも、その後は、散り散りになるかもな」

みんなで一緒に登校中。真人のその言葉にどきっとしたのを隠し、平静を装う。……そんなこと、考えなかったわけじゃない。考えたくなかった。みんながばらばらになるなんて。ずっと一緒にいられるわけがないことはわかっているけど。それでも、今が本当に楽しくて。考えるのを先延ばしにしていたんだ。

「少なくとも、恭介となまえは一年先にそうなる」
「考えたくねーな、そんな先のこと」
「そうだな……」

その声に、顔を上げる。

「今がずっと続けばいいのにな」

……意外だった。恭介がそうやって口にするのは。そんなことは無理だって、わかってるはずなのに。

「ねぇ、昔みたいに、みんなで何かしない?」

突然、理樹がそう言う。
――昔みたいに。それで理樹は救われたんだ。恭介がいたから。それは私も同じ。

「なんだよ、唐突に」
「何かって?」
「ほら、小学生の時。何かを悪に仕立て上げては近所を闊歩してたでしょ、みんなで」
「おまえらと一緒にするな」

鈴が反論する。そして。

「じゃ……」

恭介が屈みこみ、何かを拾い上げた。スピンをかけて回す。

「……野球をしよう」
「へ……」
「……は?」

茶色くくすんでしまった白球。それを見て、私はなぜか、既視感を感じた。

「野球だよ」

恭介が、再びみんなに向き直る。

「野球チームを作る。チーム名は……リトルバスターズだ」


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