次の日の朝、今日も寮長の仕事があるというあーちゃんを見送り、一人学食へ向かう準備をしていると。

「なまえっ!」
「わっ、鈴? どうしたの?」

何やら慌てた様子の鈴がノックもせずに部屋に入ってきた。何があったかはわからないけれど、とりあえず落ち着いてもらおうと鈴の頭をぽんぽんと撫でる。すると鈴は一つ深呼吸して。

「学食のおばさんがいないんだっ、とりあえず来てくれ!」



急いで学食の厨房に来ると、本当におばさんが一人もいなくて愕然とする。この時間だと、いつもはもうおばさんたちがほかほかのご飯を用意して待ってくれているはずなのに……。私が呆然と立ち尽くしていると、恭介や朝練を終えたらしい謙吾を引き連れた理樹たちがやってきた。

「なまえも来てくれたんだね、助かるよ」
「理樹、これってどういうこと? おばさんが一人もいないなんて……」
「わからない。けど、みんな困ってるから、鈴と何とかしようって」
「……わかった。とりあえず、今日は何を作ればいいか把握しないと」
「冷蔵庫に鮭の切り身がある」

冷蔵庫を覗き込んでいた鈴が鮭の切り身を取り出してくる。厨房を探すと、他にも生卵、海苔、ひじきの煮付け、そしてもう既に出来上がったみそ汁や炊き立てのご飯なんかも出てきた。これなら少し温めて盛りつけすればなんとかなるだろう。……それにしても、もう料理はほぼ出来上がっているのに、おばさんだけがいないなんて……
考えれば考えるほど理解できないことばかりだったけれど、今はそんな事を考えてる暇は無い。私は目の前の問題に集中することにした。



八時を過ぎたところで、ようやく生徒の数も少なくなってきた。みんなで手分けして作業したおかげで、なんとか朝は乗り越えられたみたい。朝から大きな仕事をやり終え、胸をほっとなでおろす。動き回って疲れた体を休める為、私はゆったりと学食の椅子に腰を下ろした。席に着くとまだ朝だというのに、一日の授業を終えた時と同じくらいの疲労感が襲ってきて、ぐったりとする。

「なまえ、鈴」

思わず寝てしまいたい衝動に駆られ机にうつ伏せていると、二人分の朝ごはんを手に、恭介がこちらへとやってきた。

「あまり時間は無いが少しだけでも食べとけ」
「……待って、恭介たちの分は?」
「朝はこれしか残ってないんだ。俺たちは後で何か買って食うから心配すんな」
「……」

せっかくみんなで協力して朝ごはんを用意したのに、私たちだけ食べるのはなあ……何か良い案はないだろうか。――あ、そうだ。

「もうこの時間だと私じゃ一人分食べ切れないし、恭介、半分こしよ?」
「……ならあたしは理樹と二人で食べる」

今まで黙ってじっと私たちのやり取りを見ていた鈴が恭介からトレイを受け取り、お箸を二膳持って理樹の元へと駆けていく。そんな鈴を見送ると、ふいにこちらを振り向いた恭介がにやりと笑って。

「なまえがあーんしてくれるのか?」
「っ! そ、そんなことしませんっ!」
「そうか? 残念だ」

そう言う恭介は、涼しい顔をしていてちっとも残念そうには見えない。なんか一人で焦っちゃって、私だけ意識してるみたいじゃんか……! やっぱり恭介は私の事からかってるだけで、なんとも思っていないんだ……。考えれば考えるほど沈んでしまうこの気持ちを悟られないように、無理やり語気を強くする。

「……もうっ! そんなこと言ってないで、早く食べないと授業始まっちゃうよ!?」
「わかったわかった。そんな怒るなって」
ぽん、と私の頭を撫でて恭介が隣の席に座る。複雑な気持ちだったけれど、いつもより近いその距離に、やっぱり私は胸を高鳴らせてしまうのだった。




「……それで、お昼はどうしようか?」

二時間目の授業を終え、理樹に召集された私たちは、お昼の作戦会議の為再び学食に来ていた。もしかしたらお昼はおばさんたちも帰ってくるんじゃ? と少し期待していたのだけど、先生に事情を聞いた理樹たちによると、おばさんたちは病欠や急用でお昼も来られないだろうということだった。
うちの学校は朝・夕のご飯はメニューが決まっているけれど、昼ごはんはたくさんあるメニューの中から生徒がそれぞれ好きな物を選ぶから、お昼が一番の山場だ。……でも私たちだけじゃ流石に全部のメニューには対応できないからなあ……

「昼はメニューがあるわけだけどさ……全ての注文に対応しなきゃいけないの?」
「当然だ」
「いや、待て、冗談じゃねぇ、全部作れってのかよっ」
「全部は流石に無理じゃないかなあ?」

理樹の問いに当然だ、と返す鈴。すかさず真人が反対したけど、今回ばかりは私も真人に同意だ。

「無理か」
「無理だろうねぇ」
「緊急事態なんだから、メニューなんか無視すればいいだろう。やむをえまい」
「それも可哀想だな……」

仕方がないという謙吾の言葉に、鈴は少し考え込むと、ちょっと待ってろ、と走って食堂を出て行く。暫くして戻ってくると。

「いいか、おまえら、よく聞けっ」

腰に手を当て、威勢よく声を発する。

「せめて二種類に定食を分ければ?」
「意気込んできたわりには、穏やかな提案だな……」

というか、なんか書いてある文章をそのまま読んだような棒読み感が……。さっき鈴が出て行った後、理樹がメールを打ってたみたいだから、もしかしたら理樹の提案なのかもしれない。

「まあ、それならみんなの不満も少しは抑えられるだろうね」
「そうだな、それが妥当なところだろう」
「メニューの内容は?」
「そうだな……」

理樹が鈴に尋ねる。掃除当番の件も今回の件も、鈴が積極的に動いてるみたいだ。鈴が冷蔵庫の中身を見ながら考え込む。

「ひとつは揚げ物にしようぜ」
「じゃあ、ミックスフライだな」
「内訳は?」
「コロッケ、エビフライ、一口カツ、千切りキャベツ」
「エビフライは二尾な」
「それに、ご飯、みそ汁を足してミックスフライ定食のできあがりか」
「うん、いいんじゃない? もうひとつはどうしようか」
「片方があぶらっこいから、軽いのがいいな……」

再び考え込む鈴を幼馴染たちが見守る。みんな何も言わないけれど、今回は鈴のサポート役に徹するらしい。少しして、考え込んでいた鈴が口を開く。

「おにぎり」
「なるほど、女の子らしくていいんじゃない? おかずはどうする?」
「うーん…………小さなカップに入ったゼリー」
「そりゃおやつだろ……」

すかさず真人のつっこみが入る。

「まあ、横に添えておけば色どりになっていいんじゃないか?」
「そうだね。あとは……卵焼きとかどうかな?」
「うん、ならそれにみそ汁つけておけばOKだね」
「後は簡単にカレーができそうだが」

隅に置いてあった段ボール箱から、謙吾がレトルトのカレーを取り出してくる。

「レトルトか……非常時のものだろうが、今がまさにその時か」
「どうするんだ、鈴」
「うーん……カレーはうまいからな……」

鈴は少し考え込んで。

「よし、カレーもいれる」
「じゃあ、ミックスフライ定食、おにぎり定食、カレーの三種類だね」
「オーケー」
「了解」
「異論はない」
「いいぜ」
「じゃあ……みんなお昼休みもよろしく頼む」

私たち全員を見渡し、真剣な顔をした鈴がそう号令をかけた。


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