グローブの手入れを終え小毬ちゃんと一緒にグラウンドへ戻ると、みんなは隅に集まって話をしているようだった。その大きな体を揺らし興奮気味に話している真人に、どうしたのかと思い声を掛ける。

「どうしたの?」
「おぉ! なまえと小毬じゃねえか! 聞けよ、鈴の奴、さっき130km台を出しやがった!」
「130km!? 鈴が!?」
「鈴ちゃんすごーいっ!」

130kmなんて、女子じゃプロでも出すのが難しいレベルだ。俄かに信じられないけれど、みんなのテンションの上がり様から、それは本当のことみたいで。驚きを隠せずにいる私の横では、自分の事のように大喜びで抱きつこうとする小毬ちゃんから瞬時に飛び退く鈴が、恥ずかしげに頬を染めていた。それでもどことなく嬉しそうな鈴を見ると、小毬ちゃんはとってもいい子だし、早く二人が仲良くなれるといいなと、私は心の中で思うのだった。




練習を終え、少しお茶でも飲もうかと学食へ向かっていると。

「なまえ、勝負だ!」

後ろを振り返ると、仁王立ちをして勢い込んだ鈴がこちらを指さしていた。
――バトルランキング。挑まれたら必ず受けなければならないこの勝負。負けたら不名誉な称号を付けられてしまうから、何としてでも勝利しなければいけない。

「受けて立つよ鈴!」
「手加減はしない……」

私と鈴の対戦が決まると、どこからか恭介が野次馬たちを引き連れてやってくる。

「なまえと鈴、女子同士の対決か。これは面白くなりそうだぜ……よし、お前ら! 武器を投げ入れろ!」
「おーーっっ!!」

次々と投げ込まれる沢山の物の中から武器を選び取る。私が手にしたものは……

「ほうきでいくよ!」
「あたしはスーパーボールだ!」

ちょうど目の前に落ちてきたから手に取ったけど、これはちょっと選択ミスだったかも……。こっちは接近しないといけないけど、向こうは飛び道具だから少し相性が悪い。……でも、やるからには勝つ! 絶対に負けないという気持ちを込めて、鈴に正面から向き合った。対する鈴も、スーパーボールを構えてやる気十分みたいだ。その様子を見て恭介が高らかに宣言する。

「二人とも準備はいいな? それじゃあ、バトルスタートだ!」


「えいっ!」

鈴が投げてくるスーパーボールをすんでの所で躱す。私は走って鈴の背後に回り込み、足下目がけほうきを払った。

「痛いわっ!」

そう言いながらもスーパーボールを投げて反撃に出る鈴。攻撃を受けてもすぐに受け身を取って反撃してくる鈴は、やっぱりさすがだ。私もほうきを使ってそれを防ぐけれど、再び鈴に距離を取られてしまった。
少しの間、膠着状態が続く。……このままじゃ勝てない。勝つためには少しのダメージを覚悟してでも、向かっていかなきゃいけないということだ。そう悟った私は意を決して鈴に向かって走り込む。鈴もこれで終わりとばかりに連続で攻撃を繰り出してくる。私は少しダメージを受けながらも、できる限りスーパーボールを弾き飛ばしながら接近し、全力で足下を薙ぎ払った。

「うわああぁぁぁぁーーー……」
「やった!勝った……」

このバトル、見た目のシュールさに反して結構体力を使う。それから、勝つと何か妙な達成感もあったり……でもとにかく、なんとか不名誉な称号を付けられることは阻止できたため安心し、私はほっと胸をなでおろした。

「さあなまえ、鈴に称号を」
「あ、そうだった」

恭介の言葉に、勝ったから私が何か称号を与えなきゃいけないのだということを思い出す。自分が不名誉な称号を付けられないように必死だったから、逆もあるんだってことをすっかり忘れていた。……いきなりだし何も思いつかないけれど。

「竹とんぼが傍に無いと不安で眠れない」
「そんなのやじゃあぁぁあぁ!」

鈴の悲痛な声が学校中に響き渡った。




「じゃあ、今日も始めるとするか」
「ラジャ」

夕食後、私たちは理樹の部屋に来ていた。今日も鈴に野球のメンバー探しをさせるらしい。無線機を耳に着けた鈴が意気込んで女子寮へと向かう。
なんかだんだんと鈴が頼もしくなってきたように思えて、その成長がとても嬉しく思えた。

『潜入成功』

少しして、ちゃぶ台の上に置かれた携帯から鈴のくぐもった声が聞こえてきた。その声を聞き指示を出そうとする真人だったが、無線機の故障なのか、こちらの声は鈴に全く届いていない。

「今日は一切のフォローなしでやらせてみようと思ってな」

……どうやら恭介が仕組んだことらしい。澄ました顔で言う恭介に、理樹が心配そうな声を上げる。たしかに、何も説明せずに行かせたら鈴はすぐ帰ってきてしまうかもしれないけど。

「でもまあ、少し様子を見てみようよ」

最近の鈴は少しずつだけど成長してきているから、もしかしたら自分から進んでメンバー探しをやってくれるかもしれない。やはりまだ不安そうな顔をしている理樹をなだめながら、携帯から聞こえてくる声に耳を傾ける。

『こんばんは』
「お、経験が生きてるじゃないか」

鈴、私たちに指示されなくても自分から知らない人に声を掛けられてる。以前の鈴じゃ考えられない事だけれど、今の鈴は確実に成長している。携帯から聞こえてくる鈴の頼もしい声を聞いて、笑みがこぼれた。

『ありゃ、鈴ちゃん』
「あ、この声は……」

すると、携帯から鈴に話しかける女の子の声が聞こえてきた。どうやらその子は理樹たちのクラスによく遊びに来る子で、三枝葉留佳さんというらしい。

『なにやってんの? なんか面白いこと見つけた?』
『かんゅ……』
『まったっ、当ててみせようっ』

あ、惜しい。もう少しだったんだけど。三枝さんのペースに巻き込まれ、言葉をさえぎられてしまう鈴。

『えーと、かん……かんねぇ……』

そう言って思いついた言葉をどんどん挙げていく三枝さん。缶ケリのルーツを探る旅、とかカンカンダンス、とか乾季がどうとか……そして一通り思いつく言葉を挙げた後、なぜか鈴に持っていたタンバリンを手渡し、三枝さんは去って行ってしまったのだった。
なんというか、嵐のような人だなあ……

『まてっ、勧誘……! しまった、逃げられた……』
「うん、でもすごく頑張ったと思うよ」

……今回は相手が悪かったみたいだ。



その後、またもや出くわした笹瀬川さんとのバトルを終え鈴が部屋に戻ってきたところで、私たちは解散するのだった。


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