それは次の日の夜のことだった。決めていたところまでの復習も終わったし、今日は遊びに行こうと理樹たちの部屋の前まで来ると、ドアの前には大きな張り紙。何かと思ってよく見れば、流しやお風呂場といった共用部分の掃除当番表だった。『掃除当番』と『表』の文字の間に『↑リーダー』と書き足されていて、その下には幼馴染たちの名前が並んでいる。こんな手作り感満載の当番表、昨日までは無かったと思うんだけど……

「ん? なまえも来てたのか」

ドアの前で少しばかり思案していると、私のよく知る声が投げかけられた。振り返ってみると、私と同じように遊びに来たらしい鈴がこちらに向かって歩いてくるところだった。鈴は部屋の前で立ち止まっている私を見て少し首をかしげる。

「どーした? 入らないのか?」
「あー、鈴、これって何かな?」

見たところ、鈴の字だとは思うんだけど。そう尋ねる私に対して、鈴は不満げそうに返す。

「見てわからないのか? 掃除当番表だ」
「……ごめん、聞き方が悪かったね。これ、なんでこんなところに貼ってあるの? それに、掃除当番って回してるんじゃなかったっけ?」
「男子は掃除をしないから、当番が止まってるらしい」
「それで、鈴がこれを作ったの?」
「そーだ」

そう言って胸を張る鈴が微笑ましくて、そっか、えらいね、とつい頭を撫でてしまう。うぅ……と恥ずかしそうに唸る鈴は可愛らしくてもっと撫でていたかったけど、いつまでもここに留まっているわけにはいかないのでほどほどにして鈴の手を引いた。

「じゃ、入ろっか」

鈴の作った当番表は色々と問題点もあるけれど、自分からこんなことをするなんて以前の鈴では考えられなかったことだ。こくり、と頷く鈴はいつも通りに見えるけれど、どこか昔よりもたくましくなったように思えて嬉しかった。


「じゃあ、早速ミッションを再開するか」
「再開ってまだ続けるの、あれ……鈴が可哀相だよ……」

いつものように理樹たちの部屋に集まりみんなでちゃぶ台を囲む。当面は野球のメンバー探しが必要だということで、鈴は毎日女子寮に駆り出されているらしい。……最初は私も本当に大丈夫かと心配だったけれど。

「鈴、ちょっと楽しそうだね?」
「えぇっ」
「うん、スパイ大作戦みたいでなんか楽しい」
「あ、そ……」

鈴、こういうの好きだもんね、昔から。楽しい、と話す鈴はすぐに、でも、と少し表情を曇らせる。

「知らない人と話すのはやだな」
「そこは頑張ってもらわないと、これをやる意味がないからな」
「うーん……」
「頑張れ」

恭介はそう励まして鈴を送り出すのだった。




「こらこら、おまえら無視するな」

朝食をとる生徒たちで賑わう食堂の一角。私たちが陣取るテーブルは、楽しそうに雑談をする生徒たちとは正反対に静まり返っていた。そこには先程の鈴以外に言葉を発する者はおらず、聞こえるのは食器が立てる音だけ。その原因は言うまでもなくテーブルの中央に置いてある鈴が作った掃除当番表である。みんなはできるだけ鈴と目を合わせないようにして黙々と朝食をとっていた。

「文句のある奴は今言え」

その言葉に、ようやく真人が顔を上げる。他のみんなは相変わらず目を逸らしたままだ。

「言ったら、当番はずしてくれるのか?」
「増やす」
「なんでだよっ」
「一年間真人」
「こらこら、なにも言ってねぇよっ」

真人の言葉に不満げな顔をした鈴だったが、次の標的を見定めるかのように一度みんなの顔を見渡した後、今度は目を合わせないよう顔を逸らした恭介に標的を絞った。

「文句ありそうな顔だな……一年間恭介」
「判定、厳しいな!!」
「容赦ないね……」
「謙吾はどうだ?」

テーブルに手をついて顔を寄せる鈴を、謙吾は全く動じず見返す。しかしそれが面白くなかったのか、真人が横から手を伸ばし謙吾の脇をくすぐった。それでも耐える謙吾。恭介まで参加して更にエスカレートする悪ふざけ。謙吾の鼻に詰められていくウインナー。それが両方の鼻に詰められたところで、ようやく謙吾の堪忍袋の緒が切れた。怒りを露わにする謙吾に追い打ちをかけるように、鈴が容赦なく言葉を放つ。

「一年間謙吾」
「判定おかしいぃぃーーっ!!」
「真面目な話をしてるのに、ふざけた顔をしていた」
「こいつらのせいだろっ」
「しばらく放っておいたじゃないか」
「くそぅ……無念だ……耐えたのが仇となったか……」
「普通、あそこでは耐えんだろ」

ふざけていた張本人である恭介が言うのもどうなのかと思ったけれど、私も止めなかったので何も言わないで食事を再開することにした。

「では、みんなこれでいいな」
「なんで、理樹は試さないんだよ」
「理樹はいい」
「どうして」
「発案者だからだ」
「なんだよ、これ、理樹の入れ知恵かよっ」
「いや、アドバイスはしたけど、発起人は鈴。ね、鈴」

理樹の言葉にこくりと頷く鈴。私はそんなやりとりを横目で見ながら、隣にいる恭介に話しかける。

「ね、恭介。今日も放課後やるんだよね、野球」
「ああ、もちろんだ。なまえも来るか?」
「うん、昨日聞いた、えっと……神北さん、だっけ。その子とも話してみたいし」

昨日鈴が帰ってきた後、私はみんなから理樹が新しく連れてきたというメンバーの話を聞いたのだ。その子は理樹たちのクラスメイトで、神北小毬さんというらしい。みんなが言うには、やる気はあるけどかなりの運動音痴。真人は「筋肉が足りない」なんて言っていたけど、そもそも真人のお眼鏡にかなう女の子なんてそんなにいないと思う。

「そうか。なかなか面白いやつだぞ、神北は。鈴とも仲良くやっていけそうだしな」
「へえ……そうなんだ。早く喋ってみたいな、神北さんと」

鈴ともすぐに打ち解けられるなんて、神北さんってどんな子なんだろうか。……きっといい子なんだろうな。恭介の話を聞いてますます放課後に会えるのが楽しみになったのだった。


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