――♪ ♪♪
「ん?」 「あ、」
スミレとシズルがキッチンで夕食の準備をしていると、急に"相棒のテーマ"が流れた。首を傾げたのはシズルで、その着うたに気付いたのはスミレだ。
「・・・相棒のテーマ・・・?」
「シズル、ちょっとフライパン変わって。メールだと思う」
「いいけど・・・誰?」
「父様」
「え・・・えー・・・」
「何で相棒?」と言いたげなシズルをスルーして、スミレはフライパンの取っ手を渡す。(ちなみに、二人とも相棒のファンだ)
スミレがジーンズから取り出したのは、真っ黒な携帯のようで携帯ではない機械だ。それは、元の世界で流通していた物を、スミレの父親がカスタマイズさせた機械。
「やっぱり、メール」
「・・・・・・なんて?」
「夕食なんだ?って」
「・・・?今日、帰って来るの?」
「・・・さぁ?聞いてみる?」
「うん」
シズルの返答を聞き、スミレはアドレス帳から父親の番号を出し、電話を掛けた。しかし、スミレはそれを耳に当てようとはせず、真っ暗になった画面を見詰めるだけ。
暫く待つと、真っ暗な画面に男性が映る。
「父様」
《スミレ・・・どうした?》
「シズルが、今日帰って来るのか?って」
《そのつもりだ》
「キンカは?」
《・・・?・・・マシロから聞かなかったか?》
「え?マシロ?」
"マシロ"という名前に、スミレは首を傾げ、フライパンから皿に夕食を移していたシズルも反応した。
《今朝、夜に東京へ帰るから皆で夕食を取りたいと、連絡があった》
「・・・聞いてない」
「私も」
料理を作り足すのが嫌なのか、シズルの声が少しばかり低くなる。(顔は無表情だが)
《そうか・・・取り合えず、そういうことらしい》
「了解」
《で、夕食は?》
「うなぎだよ。今朝、シズルと名古屋行って買ってきたの・・・あ、」
「?」
《どうした?》
「その時、ポケギアの充電切らしてたんだ」
《・・・そういうことか》
「ごめんなさい」
《構わない。久々の和食だしな》
ふ、と微笑む父親と、視線でスミレを責めるシズル。スミレはシズルの視線を無視して、父親に集中することにした。
「どうやって帰って来るの?」
《マシロが迎えに来る》
「・・・珍しいね。また、"気まぐれ"かな?」
《・・・かもな》
マシロという人物の"気まぐれ"の意味を知る三人は、眉をひそめる。しかし、言った所でどうにもならないのが"マシロ"であることを理解しているので、結局は溜め息を吐くばかりだ。
「まぁ、いいや・・・マシロに、ちゃんと玄関から帰って来るよう言っといて」
《わかった》
苦笑する父親に「また後で」と告げ、スミレは黒い携帯もどき――ポケギアでの通信を切った。
「・・・冷凍予定だったうなぎで父様とキンカの分は大丈夫だとして、マシロの分、どうしよう?」
「・・・・・・ポテチ?」
「ありなのかな、それ」
「・・・急に帰ってくるマシロが悪い」
少し機嫌を損ねたのか、シズルから出てくる言葉は妙に冷たい。
スミレは充電を切らしたまま出掛けた自分も悪いと思ったが、うなぎがポテチに変化してしまうのは嫌なので、苦笑するだけに留めた。
「・・・(私のうなぎ、半分あげよう)」
「スミレ」
「ん?」
「・・・本当に"気まぐれ"だったら、どうするの?」
「・・・・・・・・・」
シズルの問い掛けに、スミレは少し考える。
「・・・シズルはどうする?」
「ん・・・・・・僕は、スミレについてくだけだから」
「そっか・・・私は、帰るかな」
「・・・なんで?」
「会えるなら、皆に会いたいしさ」
「・・・あぁ」
「会えないなら、帰らないよ」
「・・・うん」
懐かしい面々を思い出し、スミレとシズルは感傷に浸った。二人が特に思い出したのは、赤毛の少年と空色の青年、常盤色の青年。一番交流のあった三人だ。
「・・・シズル、うなぎ焦げるよ」
「・・・・・・ごめん」
「焦げなかったから大丈b
――ピンポーン
・・・帰って来たみたいね」
言い切る前に、鳴り響いたインターフォン。
スミレは焼けたうなぎを皿に移すシズルを横目に、玄関へ急いだ。
「久しぶりー」
「!」
玄関に着いた瞬間、スミレの視界が真っ暗になる。いきなりの出来事に多少困惑するものの、スミレはこんなことをする唯一の人物を知っていた。
「マシロ!!」
「うん」
少し長めなホワイトブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳を持つ、外見が二十歳くらいの青年――マシロだ。
マシロは楽しそうに「えへへ」と笑い、またしてもスミレを自分の胸に押し付ける。
「はなふぃふぇー」
(訳:はなしてー)
「やぁだ」
「・・・マシロ、離してやれ」
「えー」
呆れたように救いの声を出したのは、先程までポケギアの画面に映っていた男――スミレの父親。しかしマシロは不満らしく、一向にスミレを離そうとはしない。
そこで、更に第三者の声が入った。
「いい加減にしないと、シズルが怒りますよ」
「ちぇっ!」
「ぷはー!!」
シズル効果により、マシロはやっとスミレを離す。スミレはすぐさま、マシロの後ろを見た。
「キンカ!」
「三日ぶりですね、お嬢様」
柔らかく微笑んだのは、クリーム色に焦げ茶色と赤のメッシュが入った髪、朱色の大きな釣り目をした二十代前半くらいの青年――キンカ。
スミレは父親とキンカの姿を認めるやいなや、マシロから逃げるように二人の背後へ隠れた。
「逃げなくてもいーじゃん」
「普通逃げる!」
「えー?僕だったら逃げないよー?」
「マシロと一緒にしないで」
「酷い!」
言い争うスミレとマシロ。盾にされているキンカと父親は、苦笑するばかり。
その時、マシロの後ろに近づく人がいたのだが、言い争っている二人は、気配を消して歩みを進める存在に気付かない。
「だからさー「マシロ」
・・・シズル、久しぶり!気配消して近付くなんてずるいねー!」
「・・・・・・・・・」
「・・・ごめんね」
無言の威圧を掛けてくるシズルに、折れたのはマシロだ。
シズルは無表情のままくるりと反転し、スタスタとリビングに戻ってしまった。
「待ってよシズルー。怒ったー?」
「・・・・・・・・・」
シズルの後を早足で追い掛けて行くマシロ。
取り残された三人は、"いつもの光景"に微笑みを浮かべた。
いつもの光景
(あれ?僕の分のうなぎは?)
(・・・・・・・・・ポテチ)
(え!酷い!)
(・・・・・・知らない)
(((シズル・・・・・・)))
2011.05.11